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三章
まったく、面倒臭いことになったものだ。
ここ千年の間、人に姿を見られたことがないのが俺の誇りだったのになぁ。
神様としては当然のことだが、うっかり屋さんの俺がここまで頑張ってきたのに…。
思わず体が動いた、というより動かされたという感じだが、いやはや、人間の生にしがみつく力は侮れないな。
反省をしながら、俺は神社の裏手にある岩に腰掛けていた。
俺が神になった頃からある大岩。
苔が生え、所々白い筋が入って朽ちかけているが、中心にある綺麗な模様が俺は気に入っている。
誰が置いたのか、元々あった物なのかは定かでは無いが、長年ともに過ごした愛着のある椅子だ。
不意に大岩が暖かく感じて、ざり、と湿った岩肌を撫でた。
俺は日本固有の宗教、神道の神だ。
自然のありとあらゆるものに神が宿るというその考えは、何よりもしっくりくる。
この神社もそうだが、見えないだけできっと俺の周りにはたくさんの神がいるのだろうな。
俺にとっては人間なんかよりも、そこらにある物言わぬ雑草や木や、川のせせらぎの方が愛おしい。
何があったとしても動じない、そんな静の慎ましさが一番日本を美しくしている気がするのだ。
久しぶりにこの岩に座った。
こころをかんさ、見守っているうちに忘れていた、この穏やかな感覚が心地よい。
山の静寂が耳に柔らかな平和をもたらし、俺はつい目を瞑った。
ーーーくだらん事に縛られてる限りは、進めないんだよなぁ。
何かに焦っているような、生き急いでいるような少女の姿を思い出し、俺はため息をついた。
俺の失敗のせいで、あの子は自分の場所を失ったかもしれない。
申し訳ないとは思わないが、このまま後味の悪いままはごめんだ。
気が重いが、やるしかないか。と俺は片手で右目を押さえた。
ぎゅる
瞑ったままの瞼の裏で、視界が目まぐるしく変わる。
俺はこころの家の方向へと意識を集中させた。
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