2月14日

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 俺は今、自分が置かれている状況を理解しようと懸命に頭を働かせていた。いや、理解出来ない訳じゃない。あまりにも突然過ぎて、受け入れることが出来ないのだ。  歪んで閉まりの悪くなった下駄箱の扉を、両手で押し込み強引に閉じる。深呼吸をして心を落ち着かせ、しばしの間を置いて再び取っ手を掴み、意を決して扉を開ける。  下駄箱の中は、錆び付いた鉄の板を挟んで上下に仕切られている。上の段に入っているのは、使い込まれた小汚い上履き。そして……。  「見間違いじゃなかった……」  ピンク色の包装紙に包まれた可愛らしい箱が、下の段にちょこんと座っている、ように見えた。箱の端で結ばれた赤いリボンは、花を象った金色のシールで止められている。  バレンタインデーに女の子からチョコレートを貰うという夢が、突然現実となったのだ。  俺は拳を固く握り、そのまま天高く突きだして叫びたい衝動をグッと堪えた。  俺は2月14日という日が嫌いだった。その理由はクラス一のモテ男、中嶋に何度も馬鹿にされ続けてきたことにある。  確かに中嶋はイケメンだ。ふわりと跳ねる栗色の短髪に、綺麗な二重が刻まれた大きな目。鼻は程よい大きさで顔に収まり、いつも笑顔を絶やさない。  だが、中嶋は自分がモテることに気付いて調子に乗ったのか、ことあるごとに俺たち非モテ勢を煽ってきた。  去年、あいつが大量のチョコレートを両手に抱え、「お前、無いの? 寂しい人生送ってんな」などと笑いながらほざきやがったことは今でも思い出すだけで腹立たしい。毎年毎年、あのドヤ顔を見せつけられる度に、俺は耐え難い屈辱を味わってきたのだ。  だけど、今年は違う。俺を想い、こうしてチョコレートをくれた女子がいる。  「でも、一体誰なんだろう?」  俺は箱をそっと持ち上げた。箱は思っていた以上に重かったが、持ち上げられない程ではない。  どこかに差出人の名前があるはずだと思っていたのだが、箱を裏返してみても文字一つ見つからなかった。
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