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目の前に虎が居りました。それも全身に炎を纏った何とも凛々しく、巨大な。
出家した身である私でありますが、その。流石にこんな訳の解らぬ状況下で平静を保つ心得は用意しておりませんでした。
徐々に震えが大きくなる、と同時に虎の鼻息も荒くなって。血の気が引いていく音が聞こえるような錯覚に陥りました。
何故なのでしょうか。私、断食している間に意識でも失って何処か放浪癖でもついてしまったのでしょうか。全く分かりません。
ガチガチと歯を鳴らす私。涎をダラダラと流し始める虎。
「わ、わわわ、わた私は、た、食べても、おお、美味しくありませ、んよ」
言っても解らぬことは百も承知。しかし、何もせずにお召し上がりされてしまうより、少しでも抗った方が何かと、ね?
そんな思いで絞り出した声はどもりにどもっておりましたが、不思議な事に虎は理解できたようで御座います。悪い方向に、ですが。
「――我、それでも、汝、食べる」
「え?」
思わず聞き返してしまいました。
虎が喋った? 虎が? 人の言葉を?
私の脳内はてんやわんやで御座います。動物が人語を理解する、というのは耳にしたことがありますが、それを発するとなると訳が分かりません。そもそもなんですかその纏った炎は。首回りが炎で鬣みたいになってて、ライオンにも見えてしまうんですけど。
驚きの余り震えがピタリと止まった私は、いつの間にか取り戻した冷静さのままじっくりと虎を観察致しました。その間彼が涎をダラダラと流しているのは変わりません。
しかし、先程より纏う炎の火力が上がったのか、重力に引っ張られた涎は地に落ちる前に蒸発してしまっております。
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