祭《まつり》の前の静けさ①

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―――ああ、そうだ打ち合わせの仕上げにクロッサンドラの……陛下の好きな言葉の1つでも王都が決起軍(レジスタンス)での決戦を迎える際に、こちらの味方になってくれるお前達に、信頼の証として伝えておこうか。 闘技場(コロッセオ)から出たのなら、火の蜥蜴(サラマンダー)還し(・・)、王都の中で設備されている夜間の常夜灯の元、シャルロック・トリフォリウムが気まぐれに良い事を思いついた言った調子に、八重歯の覗き見える口からにします。 これにシトロンは、これまでのやり取りで言葉を型通りに受け取るだけではなく、概ね何かしらの意味を含んでいるという事を察していたので、癖っ毛八重歯の宰相の言う"陛下の好きな言葉"というものにも多少興味を抱きもしたので、先ずは聞こうと考え、黙って待つもりでした。 ただユンフォの方は、これ迄のやり取りの中で"味方になってくれる"という発言は、結構な不本意の者として受け止めてしまい、言葉を返すように口を開きます。 ―――僭越ながら味方も信頼も何も、自分は(・・・)末端ではありますがセリサンセウムの王侯貴族の一族、臣下としてクロッサンドラ・サンフラワー陛下を裏切る事つもりは毛頭なく、命じられた事は従うつもりであります、それに宰相殿も父の葬儀の際に、縁戚の周囲の喧しい伝統やしきたりの声を一蹴してくださった恩義に報いるつもりです。 "俺が私"がといった独特な一人称は、シャルロック・トリフォリウム専売特許の状態で、ユンフォも平時は"私は"という風に使っていたのですが、これまで多少感情的なやりとりになった際には、"俺は"となって自分自身もややこしくなると考え、自分は(・・・)というのを考えだし、早速使用しそんな発言を行いました。 この発言にはシトロンは、貴族の社交界は苦手ではありますが、義理人情に厚いユンフォらしいと聞きいれ、シャルロック・トリフォリウムの方は、心酔する国王クロッサンドラ・サンフラワーの縁戚であるという貴族でもあり武官の青年を改めて見つめます。 それから少しばかり闘技場(コロッセオ)からも見える王宮の方に視線を向けた後に、鼻から小さく息を吐き出した後に、少しばかり熱を持ってしまったようなユンフォ青年の物言いを冷ますように、淡々としたといった雰囲気で、年齢に相応しいシワの刻まれた口元を開きました。 ―――ユンフォ、俺や私は単純に、出自が平時と言う事で貴族の旅立った後の眠る場所に王都ではなければいけないという拘りが理解出来なかったし、下らないと思ったし、君の御父上のクロッカス卿が遺言で残した"どうせなら惚れた者の側で眠りたい"という心に賛同できたのと、最終的にはクロッサンドラ・サンフラワー陛下が許可をしてくださったから、恩義を向ける方向は、やはり陛下にしておいてくれ。 ―――判りました、それではクロッサンドラ・サンフラワー陛下に、しんめ……んん?!。 "身命を賭して"という言葉を口から出そうとした瞬間に、その口を宰相の上等な仕立てで作られている、黒い絹の手袋を嵌めた手の人先の指先に唇を"グッ"と抑えられました。 これにはユンフォに常夜灯の暗がりの中でも判るぐらいに眼を白黒とさせるし、傍で聞いていたシトロンは大きく両眉を上げます。 そしてシャルロック・トリフォリウムはここではいつもの"やんちゃ坊主"の様ななりを潜めて、それこそ年齢に相応の落ち着きを携えた老紳士の雰囲気を醸し出しつつも、魅力的な笑みを浮かべて若人を黙らせました。 ―――悪いな、ある程度の協力をラベルの双子とユンフォに求めるが、クロッサンドラ・サンフラワー陛下の為に命を懸けるのは俺と私と、上臈に、法王猊下に……アイツ(・・・)の4人だって決まっているんだ。
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