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カタカタ、ブーンとパソコンの機械音だけが鳴る午後7時。
「すみません部長。もう7時なので一人でやります。ありがとう御座いました」
吉野総士は目の前のパソコンを疲れた目でにらみつけながら早口で言った。
座り姿からもできる男という感じを醸し出しているが、今日はいつもより多少老けて見える。
昼までは綺麗にセットされていた髪は、昔からの癖で乱れていた。
「いや大丈夫だ。こっちこそありがとな」
松下武則はチラッと顔を上げ、優しい声で言う。
「お前、今日何時まで残れる?」
「これが終わるまでいけます」
今日の残業は、吉野の直属の部下が高熱を出し、その部下が今日やる予定だったものが、依頼された会社から今日欲しいという電話があり、、、という近日希に見ない負の連鎖により起こったものだった。
決して部下がサボっていたり、溜めていたりしていたわけではないので、2人とも恨むに恨めない状況なのだ。
依頼された会社からは明日の朝一で使うらしく、今日中なら大丈夫ということだった。
ふぅ、少し休むかな。
松下はそっと席を立ち、コーヒーを入れるため給湯室に入る。
にしても災難だよなぁ。花の金曜日だってのに。
コポコポとドリップ式でコーヒーを作り、両手に持って、部署に戻った。
吉野は、もう少しで終わりそうなのか、先程よりも眉間のしわが緩み、背もたれにもたれ掛かってパソコンを打っていた。
あいつ俺のこと気付いてないな。
「おい、吉野。コーヒー」
松下は吉野の背後からテーブルにカップを置こうと手を伸ばした。
その時、振り向いた吉野の右手とカップが接触し、そのまま吉野のスーツのズボンへと落下した。
ガシャッ
「うあぁっ!」
一瞬の出来事に吉野はかわせる筈もなく、そのままズボンに盛大にしみをつくっていまった。
うわっ最悪だ、、。ついてなさすぎるだろ。
「ごめん!うわー、これシミになるな。ちょっとまってろ、タオル持ってくるから、な?」
松下は屈み吉野の顔を覗くが、返事がない。
やばいな。完全に怒らせた。
怒りで手も震えてるし、、。
「まじでごめんな。今日頑張ってくれたのに」
「あ、あのっトイレっ、行ってきます!」
松下が吉野の肩に触れ、どう謝ればいいのかと考えていると、急にガタッと吉野は立ち上がり、早口で言葉を伝えて、トイレに行ってしまった。
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