プラリネ

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 帝政ロシア。文化経済が円熟した十九世紀。  そこには微かに退廃の気配もあった。  モスクワは雪のぬかるむ春を迎え、イリーナは屋敷の庭に出て小鳥の囀りを音楽のように聴き、楽しんでいた。芝生の上に置かれた椅子に座り、縁が金色の白い陶器の皿に盛られたプラリネを時々、口に含む。プラリネとは香料の効いたゼリーやジャムをチョコレートでくるんだフランス産の菓子だ。けれどイリーナが口にするプラリネには、ゼリーやジャム以外のものも含まれていた。そして彼女にとってはそれこそが肝要であり、命綱と言っても大袈裟ではなかった。  小鳥が歌う。葉擦れの音。  甘い菓子。甘さの所以は砂糖だけではなく――――。 「イリーナ」  声を掛けられて振り返る。  相手の少年はイリーナに見つめられ、気恥ずかしそうな顔を一瞬、した。  抜けるように白い肌。ロシア人の中でも群を抜いて透明感ある白さ。エメラルドのような深い緑の瞳。髪は黄金と見紛うばかりで唇は紅を置いたように赤い。十四歳ながら、イリーナの美はほぼ完成されたものと言っても良かった。職人が粋を凝らして創り上げた美しい人形さながらの、少女は微笑んだ。
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