2/9
前へ
/9ページ
次へ
高々とヒールの音を鳴らせて乗りこんで来たのは、黒髪に黒縁の眼鏡をかけた女だった。二つに束ねた髪を、制服のような紺色のベストの肩口に流している。白いブラウスに赤いリボン、ベストと同じ色のタイトスカートというその恰好は、仕事場から抜け出してきたようだった。 眼鏡の奥の化粧っ気のない目が店内をぐるりと見回す。 ぱっちりとした目元には明らかな怒気が滾っている。顎にシワをよせて唇をへの字につぐんで、荒ぶる鼻息。腕を組むと「ちっ」と舌打ちが聞こえて来た。 その顔にも見覚えがある。梶さんの知り合いで、草薙さんと同じ組織の牧野さん、という女だ。草薙さんは俺たちの同業者だが、牧野さんは彼らをサポートするオペレーターだったはずだ。 目が合えば噛みつかれそうな気がして、俺は自然になるように顔を背けた。 明石も明石でおしぼりをいじって、入り口のほうを見ないようにしている。 下手に関わらないほうが良い気がする。俺たちの危機回避能力が最大限に発揮されている。 水のはいったグラスに手を伸ばし、気まずい空気をやりすごす。 店内を見回していた牧野さんはやがて、豪快なため息をついて身を翻した。勢いよく鳴るベルがその怒りの度合いと退店を知らせる。ヒールの音が遠くなっていった。 「……行ったか」 草薙さんは少しだけ顔をあげて周囲を探る。 堪えきれなくなった明石が、おしぼりを放り出しながら笑いはじめた。 「ものすごく怒ってましたね。追われているんですか?」     
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加