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「べつに悪いことはしてねぇんだけどな。ただ」
パーカーのフードを脱ぎながら、すでに接続詞がおかしい。
「依頼人を殴っただけだ」
金色になるまで脱色された髪をかき上げて、草薙さんは憮然と息をついた。
「いや、ちがう。殴ってはいねぇ。小突いただけだ。グーで、こう。ガッて」
「ぐふふふ」
どっかツボにはいったのか明石が笑っている。
草薙さんは頬杖をつくと、追っ手が出て行った扉を面倒くさそうに見遣った。
「むかつくジジィだったんだよ。金さえ積めば俺たちがなんでもすると勘違いしてやがる。舐め腐った態度で金を投げてよこしやがった。殴られて当然だ」
「やっぱり殴ってるじゃないですか」
「一発だけだ。殴ったうちにはいらねぇだろ」
おもむろに腕を伸ばすと、俺のグラスを持って行った。一息で冷水の半分がなくなった。
「問題は牧野だ。あのやろう、暴走したブルドーザーみたいなやつだからな。捕まったらぺちゃんこだ」
すると、入り口のベルが鳴り響く。鈴が転がるような静かな音だった。
「!」
聞こえて来た瞬間、草薙さんは素早くフードを被った。
だが、荒々しいヒールの音は聞こえてこない。
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