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「暑いねぇ」
雪の降る国に行ったかと思えば、次に来たのは常夏の国だった。
陽射しが強く、蒸し暑く、汗が絶え間なく吹き出る。
前の国とはうってかわって、キャミソールに短パンという姿の私を彼が見ることはない。
けれど、盲目の彼も私と同じように薄着だ。
「アイス食べたい」
「それ、さっきも言ってたよ。って言うか、食べたよね。僕が買ってあげたよね」
「そうだけど!でも!またアイスが食べたいの!」
「……やめときなよ、太るよ。もう僕は買ってあげないからね」
ふぅ、と息をつく彼が手で顔を仰ぐ。暑そうだ。いや、暑いのだ。だから、アイスがたくさん食べたくなるのも仕方ないと思う。
人通りの多い道を歩いているときゃぁ、と大きな悲鳴が上がる。
何かが起きたのだろうかと考える前に衝撃が体にぶつかってきた。
見知らぬ男が私の左胸にナイフを突き刺していたのだ。
「通り魔だわ!」
人混みの中で誰かの叫ぶような声が聞こえた。
突然のことに頭がついていかない。
ずるりと引き抜かれそうになったナイフを手で抑える。
「……だめ」
通り魔の男がへらりと笑っていた。どうも、頭がおかしいらしい。
「やめて」
私の制止の声を無視して、男がナイフを引き抜いた。
ナイフには血の一滴もついていない。
破けたキャミソールの左胸をめくる。刺されたそこは空洞だ。何も無い。
目をむく男が可哀想だった。
「だから、やめてって言ったのに」
私の背後に現れたドラゴンが咆哮を上げ、男の体を軽々と手ではたいた。
ばきばきと木の枝みたいに骨の折れる音がして、男の体が地面にどすりと落ちる。
人混みはざわめき、たくさんの悲鳴が上がる……反射的に走り出していた。
「あんな騒ぎを起こさなくてもいいのに」
「突然だから僕もびっくりしたんだよ」
喧騒の中を走って逃げて、人の少なくなった場所で足を止め、そう言った。これ以上騒ぎが大きくなる前に早く次の国に行った方がいいだろう。
左胸が破けてしまった服がかっこわるいので、上着をそっとはおる。やっぱり暑い。
「……次はどんな国だろうね」
目の見えない彼が期待のこもった声でそう呟いた。
「きっとこの世界で一番美しいところなんじゃないかしら」
私がお決まりの文句を言うと彼は笑っていた。
私の心臓を持っているこの龍はどうやら旅を楽しんでいるらしい。
「……ねぇ、いつ私の心臓を返してくれるの?」
「君の心臓は僕の生贄として捧げられたものだと思っていたけど?」
「え?」
「は?」
何の決まりもない自由気ままでゆるやかな旅だと思っていたが、どうやら難題があるようだ。
ーー私たちは対等じゃない。
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