1 懸想

4/6
前へ
/165ページ
次へ
 開け放した防音扉の外からマイクを通した南方の声が聞こえる。  原稿を全て読み終わる頃には全ての部員がスタジオを覗いていた。  いつもの気だるそうな南方の声音とは違って、情景が染み込むように伝わってくる低音で落ち着いた読み上げ方だった。  ガラス窓からスタジオを見ていた部長の泉が、原稿を手にスタジオに入ってくる。 「なんだみなちゃん、うまいよ? 俺のも読んで!」  他の部員たちも原稿を持ってスタジオに列をなす。 「やだよ」  いつものやる気のない声で返す南方を大我はどこか真剣な面持(おもも)ちで見ていた。  南方は原稿を大我の正面に置くとマイクスタンドを彼に向ける。 「はい白石、読んで」  デスクに肘をつきやる気のなさそうな南方に、大我は唐突に、淡白な表情で告げた。 「みなちゃん、俺と付き合って」  マイクが音を拾い、大我の告白が放送室の防音壁に吸い込まれる。  一瞬、皆が動きを止めた。  南方は大我の言葉に、ただ目を見開く。 「おーい白石、部活中はやめて」  ほぼ間を置かずに、泉が笑いながら一つ手を叩いた。  一人だけ戸惑いを見せない泉に、南方と周囲の部員はたった今の衝撃発言の理由を求めるように一斉に目を向けた。     
/165ページ

最初のコメントを投稿しよう!

47人が本棚に入れています
本棚に追加