救われぬ身

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救われぬ身

元暦2年(1185年)3月24日。 壇ノ浦の戦いは源氏平家の行方を左右する海上戦であった。 海上戦を得意とする平家は潮の流れを利用し、源氏方に総攻撃を仕掛ける。 有利に思えた平家だったが、それは一時。 潮の流れが反転すると、源氏方から総攻撃を受けることとなり、平家一門は総崩れし、死を悟った平家は皆次々に海に身を投げ捨てた。 その中には、父を平清盛、母を時子とする次女、建礼門院徳子の姿も。 徳子は母時子と、我が子安徳を追うように、自らも海に身を投じたのだ。 しかし、、、。 「おーい、こっちを見てみろ。 あれは建礼門院ではないか?」 「どれ?本当だ! おい、今すぐ引き上げろ!」 徳子の願い虚しく、源氏方に見つかり助けられてしまう。 その時身に着けていたのは女房装束。 後に十二単と呼ばれるものだ。 唐衣(からぎぬ)・表着(うはぎ) ・打衣(うちぎぬ)・五衣(いつつぎぬ)・単衣(ひとえ)・長袴(ながばかま)・裳(も)からなり、髪型は大垂髪(おすべらかし)が基本となり、装束の総重量はおよそ二十キロの重さがある。 本来であればその重さに沈むはずの体は、嘘か誠か十二単に空気の層が出来、体が水中で浮いてしまった。     
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