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或る雪の日の午後に
「お兄ちゃん」
妹がふと立ち止まり、僕を振り返った。
「どうした?」
「一口、いる?」
妹は手に持ったホットドッグを僕に向ける。僕はにっこり笑ってから言った。
「いいよ、お食べ」
僕は手に息を吹きかけた。雪と変わらないくらいに真っ白い息は、僕の丸めた手に留まることなく、空へのぼって消えていった。
「寒いの?」
そう言うと妹は、自分の手を僕の手に滑り込ませた。
「あったかい?」
あどけない笑顔を見せて、僕に尋ねる。ひんやりとした彼女の手は僕に追い討ちをかけていたが、僕もまた彼女に笑顔を向けて、ああ、と返事をした。
「雪、綺麗ねえ」
静かな街を見渡す。降る雪は、街を覆い尽くしてしまいそうだった。
「お兄ちゃん」
「どうした?」
「雪だるま、作ってもいい?」
僕は一刻も早く帰りたかったのだが、彼女の表情に負けて、承諾してしまった。
妹は嬉しそうな笑顔をみせると、ホットドッグを鞄にしまって、地面の雪を弄り始めた。
「小さいのにしろよ」
「はあい」
「早く帰らなくちゃいけないんだからな」
「はあい」
妹はおにぎりを握るような手つきで、せっせと雪だるまを作っていた。僕の言葉は、もう彼女の耳には入っていないだろう。
僕は傍のベンチに積もった雪を払って、そこに腰掛けた。正面を見ると、華やかな服を着たマネキンが飾られているショーウィンドウに、うっすら僕らの姿が映っている。
「お兄ちゃん」
と、妹の声が聞こえた。僕は振り返って言う。
「どうした?」
妹は、歪な形の雪だるまをそっと持って、満足そうに微笑んでいた。
「出来たよ」
「おお、いいじゃないか」
「持ち帰っていい?帰ったら冷蔵庫に入れてててててててててて」
その言葉を切っ掛けに、彼女の瞳孔が不規則に震え始めた。首をかくかくと動かし、やがてその身体が、ぶうん、という音を響かせると、妹は目を閉じて、その場に項垂れた。
ばしゃ――。力を失ったその手から、雪だるまは滑り落ちた。
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