3 ケーキ

9/10
90人が本棚に入れています
本棚に追加
/98ページ
 明確に示されていようといまいと、酒を飲んで、しかも海で泳ごうとするなんて、はっきり言って自殺行為だった。 水の怖さを知らない、知ろうともしないにも程がある。  僕も何度となく、店先で酒類の販売を求められた。まぁ、大抵の客は納得して、ノンアルコールビールを含む他の飲料を買っていってくれたが、ごくまれに絡んでくるヤツがいた。  もう既に酒が入っていて、気が大きくなっているのか横柄そのものの態度で、僕はすぐさま剛毛の海坊主といった風貌のオヤッさんに助けてもらっていた。 男としては情けなかったが、今年初めての短期バイトの僕に出来ることなんて限られている。  しかし今日はタイミング悪く、オヤッさんの姿は近くになかった。しかも相手は複数、五人だった。  店先でトウモロコシを焼いていた僕が、アルコール類は販売していない旨を告げると、ボロいクセに酒も置いてないのかよ!だとか、この役立たず!だとか実に関係のないことを喚き散らし始めた。  挙句の果てにこんなボロ家、壊しちゃえ!と、傍にあった柱をやみくもに蹴り出した。  冷静に考えれば、いくら『ウラシマ』がボロい、もとい年季が入っているとは言え、柱の一本や二本が折れたところで倒壊したりはしない・・・はずだった。  それに蹴っている男はビーチサンダル、つまりほぼほぼ裸足だったので、柱へと与えるダメージなどたかが知れている。  後でアルコールが抜けて、足が柱から受けたダメージにのたうち回るがいい。と今なら思えるのだが、その時は僕も焦っていて、つい男の前へと出て、 「止めてください!」 と叫んでしまった。 当然のように、男たちは僕に注目する。 「何だぁ?おまえ、文句あんのか?」 と、ベタもベタな言葉と共に、男の手が僕に振り下ろされ・・・はしなかった。  何処からともなく、そう、音も無くミサキさんが姿を現して、僕の前に男との間にと立った。  男が何かを言う前に、ミサキさんがたった一言、 「イネ」 と言った。 ミサキさんの声はけして大きくも、鋭くもなかったが、よく響く鈴の様に、辺りの空気をすっかりと変えてしまった。  事実、男たちは酔いが覚めたかの様に急に大人しくなり、もはや一言も発することなく、『ウラシマ』の前から立ち去って行った。  振り返ったミサキさんに、僕は尋ねずにはいられなかった。 「何、したんですか・・・?」
/98ページ

最初のコメントを投稿しよう!