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七月二十九日。
街のどこを歩いても蝉の声が耳に届く。
蝉の声が支配する住宅街は決して閑静とは言えないが、真夏の陽射しの下でそれに対抗しようとする人はいなかった。
時折車の走行音が過ぎり、再び蝉の声に掻き消される。
陽炎さえ見える白昼の景色にある異質なもの―アスファルトに落ちた赤黒い痕がなければ、現代によく見られる真夏の光景だった。
血痕は住宅街からほんの少し離れた小さな竹林に点々と道を作っていた。
所々竹にはりつき、道筋を残して乾いている。竹には手形がはりつき、時に何かを巻き込んだのか、はがれたように一部が欠けている。そうした竹の根元には、羽をもがれた蝉の亡殼が落ちていた。
奇怪な跡を残した竹林の最奥に、三人の人影があった。
そのうちの二人は警官の制服を着用し、手にした拳銃を残りの一人に向けて構えている。銃を向けられた一人もまた手に銃を握っているが、力無く垂れていた。
「…銃を捨てろ」
制服を着た鏑木は、緊張した面持ちで目の前にいる男に警告する。言葉が分からないのか、男は銃を握ったまま鏑木を見つめるだけで何もしない。
「駄目だ、鏑木…何を言っても反応しない」
鏑木の隣で同じ制服を着て銃を構える男―伊能が、小声で諭す。その声は理解したのか、男は伊能の方を向く。
視線が伊能に逸れた隙をみて、鏑木は目の前の男を観察した。
ストレートに伸びたモカブラウンの髪と彫りの深めな顔立ちは、背の高さも相まって異邦人を連想させる。一見細身に見えて筋肉のついた腕には無数の傷跡が残り、修羅場をくぐり抜けてきたプロだと見て取れる。緩く握られた銃と両の手には赤黒い液体―夥しい量の血がこびりつき、乾いたそれは銃と男をより強く結び付けて離さなかった。
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