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数拍を置き、姿なき声の主は肯定の言葉を返す。
声を認識した男は瞬きを合図に、かたく握っていた拳を緩めて両の手を軽く広げる。
もう一度瞬きを重ね、広げた両手で一つの物を掴むように緩く握ると、掌の中にさっきまでなかった感触を覚える。
頭を上げ固く冷たいそれを視野に入れると、黒い塊が見えた。
「これは―…」
(―…逃げろ、リオ)
鈍い光を放ち手に収まったそれは、一丁のデザートイーグルだった。
薄暗い通路に開錠音が響き渡ると、ひそひそと囁く声が一斉に大きくなった。
「おい、いつまでここに放置されるんだよ!さっさと出せ!」
「私は無実よ。早くここから出して!」
「また来たか…」
「今度は誰の番ですか?ここちょっと飽きてきたんですけどー」
一斉に浴びせられる罵声や要望に聞く耳持たぬ素振りで階段を下り、鏑木と伊能は眼前に続く通路を真っすぐ歩き始める。
通路の両側に隔てられた鉄格子は人一人横たわれる幅で仕切られ、区切られた空間に老若男女問わず一人ずつ人間がいた。その誰もが鉄格子の向こうにいる二人の男―鏑木と伊能を凝視し、釈放という一つのことを訴えていた。
凝視され訴えられ続けている二人は互いに何も言わず、騒がしい留置所の最奥を目指して歩いた。
「―待て」
伊能が足を止め、鏑木を促す。
「…?部屋はまだ先だぞ」
振り向いた鏑木は伊能の見つめる先を見やった。鉄格子の向こう側、蛍光灯の当たらない陰りにうずくまる人影が映る。多くは鉄格子に張り付いて目の前を歩く自分達に釈放を訴えかける者ばかりだが、中には自暴自棄になり塞ぎ込む者も決して珍しくはない。
「…どうかしたのか?」
うずくまる人影を見つめる伊能に、小さく声をかける。
「いや…」
鏑木に視線をやり、すぐに戻して伊能は言葉を続ける。
「あのうずくまり方、塞ぎ込んでるというより怯えてるように見えてな」
鏑木はほう、と息をついて格子の向こう側に目を凝らす。うずくまっている人影は膝を抱えて座っているように見えるが、その手は守るようにしっかりと頭を抱えている。
「おい」
伊能はその場から動かず、うずくまる人影に声をかける。
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