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伊能が無線を手に応援を要請した刹那、背中を向けた男は不意に二人の方を見遣った。その手に握られた銃と鋭い視線が向けられ、鏑木は思わずトリガーを引いてしまった。乾いた音が狭い部屋に轟き、轟音に慣れていない二人は聴力を奪われパニックに陥る。
その終始を何食わぬ顔で見ていた男には傷一つなく、構えた銃をそのまま窓に向けてトリガーを引いた。
劣化していた格子は金属音を立てて割れ、貫通した弾はそのまま窓ガラスをも突き破る。
直射日光が差し込むようになった部屋の中はほんの少し明るくなり、男は辺りを見回してから一時的に聴覚を奪われた鏑木と伊能を見る。
「―」
男の口が動き何かを話したのは分かったが、何を言ったのかは二人は分からない。
「何を―」
そう言う自分の声さえ遠くに聞こえる中、男は窓に歩み寄り高々と跳んで窓にしがみつく。
慣れた様子で人一人やっと通れる程の大きさの窓まではい上がると、もう一度振り向き口を動かした。
「俺は水井リオ―あんたの言うナハト・ボーテはここにはいない。…世話になった」
耳のほとんど聞こえない二人にもはっきりと届く声で叫び、水井リオと名乗った男は日の差す窓の向こうへと姿を消した。
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