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prologue
―朦朧とした意識。
眠っていたのか、それとも眠るのか、はっきりしない。
薄暗く、現実かどうかもはっきりしない。
一つ、手に触れる冷たく硬い感触が現実である事を確信させる。
目を凝らすと、手首の辺りから見える細い鎖が両手首を繋いでいる。
手首を繋ぐ鎖とは別に、両の手で握られたものがある。
力無く横たわるその男の相棒として与えられ、半生を生きてきた金属―
一丁のデザートイーグルが―物言わずそこにあった。
八月十日。
毎年冷房が欠かせない署内に、珍しく窓が開け放たれ自然の風が取り込まれている。
それ以外は取り立てて変わった風もなく、スーツを着た人々が狭い署内をせわしなく歩いて回っていた。
その中にある重々しい扉一枚隔てた先、唯一冷房がかかっている部屋の最奥の椅子で暑苦しく扇子を仰ぐ大柄の男と、中肉中背の男が対面していた。
署長と書かれた札を立て、絶えず額に滲む汗を厚手のタオルで拭いながら、警察の制服を着た大柄な男―署長は口を開いた。
「それで…サバトだったか?あの男で間違いないんだな?」
「はい、外見・血液鑑定共に一致しております。…サバトじゃなくてナハトですよ署長」
「横文字は苦手なんだ」
ハッハと乾いた笑い声をあげたが、その場に和みの空気は微塵もない。
「ナハト・ボーテ、それが彼の通称です。先程現場に残っていたの血液との一致が確認できたと報告があがっております」
うむ、と目で頷く署長に先を促され、中背の男・鏑木は報告を続ける。
「リレイという組織に属していた殺し屋、それも、実力がトップクラスだったというのが五年前のデータです。現在は物的証拠もなく組織の存在自体あやふやですが、科捜に十年前の鑑定記録が残っておりまして。男の血液と一致したことから間違いないとのことです」
署長は黙って深く頷き、デスクに置かれた書類に目を向けた。
名前すら書かれていないほぼ白紙の履歴書と、クリップでとめられた男性の顔写真がそこにある。
ほとんど何も書かれていない履歴書の備考欄には、鏑木がたった今挙げた男の通称―Nacht bote―の数文字だけが記されていた。
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