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3 - rain
三年前の四月十七日。
主を無くした建物は更に腐敗が進み、崩れるのも時間の問題だった。
一匹の猫がそれを守るように住み着き、もういない主の帰りを待っている。
―それが、瀬戸内暁が再び訪れた時の廃墟の姿だった。
九月三十日。
暁が目を覚まして最初に触れたものは、温かく柔らかい毛の感触だった。
被っている布団をめくりあげると、白黒模様の猫が丸くなって寝転んでいた。起こされて機嫌を損ねたのか、猫は顔を上げて暁を睨んでいる。
「おはよ」
睨む猫の背中を撫でて機嫌を直してやると、喉を鳴らして気持ち良さそうにまた眠りについた。その様子を確認して布団から這い出し、猫に布団を被せて立ち上がる。
携帯電話を片手にドアを開け、一階に繋がる階段を下り居間に出る。広い居間にはアラベスク模様の絨毯の上に硝子の長テーブルが置かれ、二人掛けのソファーが階段に隣接する壁際に鎮座している。ソファーと対になる壁側には大型の液晶テレビがあり、その周りには骨董品のようなものがいくつか置かれていた。
階段から右に向かうと、対面式のダイニングキッチンで人参をみじん切りにしている最中の女性がいた。
「おはよ、中木さん」
中木と呼ばれた女性は手を止め、暁の方を見ると親しげに微笑む。
「おはようございます、暁さん。今日は豆腐ハンバーグと巨峰ゼリーですよ」
「うん、今日の御飯もおいしそうだね。期待してるよ」
三十代半ばに見える中木だが、恥ずかしそうにはにかむ姿は初々しく、実際の年齢より若い印象を持たせる。暁はテーブルの上に置かれたクッキーを一枚つまみながら新聞を手に取り、思い出したように中木に声をかける。
「そうだ中木さん、今日は御飯食べたら少し出かけてくるよ。夕飯には帰るからよろしくね」
中木はキッチンから愛想よく返事を返した。
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