(十二)

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 その年の六月、朝鮮動乱が勃発した。その朝鮮戦争特需で、日本経済は回復軌道に乗った。  熱い夏の盛りがやっと終わり、朝夕にはしのぎ易い風が吹くようになった。青息吐息だった富士商会も、朝鮮特需の好景気によって飛躍的に業績を伸ばした。大量に買い込んでいたあらゆる物が、あっという間に(さば)けたのである。病み上がりの武蔵も、あちこちの取引先からの要請で、日本中を飛び回った。  疲れと言う言葉を禁句にしていた武蔵だが、この時ばかりは頻繁にこぼした。心配げに見守る五平だったが、その五平自身もGHQの将校達との接遇に追われた。新たに着任してくる将校達のオンリー探しやら、帰国する将校達のオンリーの処遇に追われていたのだ。 「五平よ。慰安旅行にでも、行くか? 正直、疲れた。熱海辺りにでも、繰り出すか。女連れで、銀座もないだろう。同じ金をかけるなら、一泊でドンちゃん騒ぎでもするか?」  思いもかけぬ、武蔵の言葉だった。むろん、五平に否と言う言葉は浮かばなかった。 「いいですなあ、社長。社員達にも、一時は辛い思いをさせましたし。それにこの夏は、休日返上で頑張ってもくれました。パァー! っと行きますか」 「よし、決まった! そうだな、晦日月に入ったら臨時休業するか。どこか、予約しておいてくれ。金に糸目は付けるなよ。最上級の旅館で、最高のサービスをさせろ。それから、五平。俺とお前の二人きりの時はな、社長はやめろ。軍隊時代からの付き合いだ。武さんで、いいぞ」 「いやいや、それはまずいでしょう。けじめは、付けなくちゃいけません。私みたいな半端者が、こんないい思いをさせて貰ってるんだ。感謝してますよ、ホントに」 「それは、俺にしても同じさ。五平のお陰で、GHQとの繋がりもあるんだからな。これからも、二人三脚でやって行こうや」
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