(十二)

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 部屋に落ち着いた武蔵の元に、五平が息せき切ってやってきた。 「社長、申し訳ありませんでした。皆には、きつく叱っておきますので」 「ああ、汽車のことか。なに、構わんさ。それだけ楽しみにしていた、ということじゃないか。叱ることは、ないさ。宴会が盛り上がらなくなるぞ。そんなことより、大丈夫だろうな。ドンちゃん騒ぎを、させてやれよ」 「はい、それはもう。前金を、たっぷりと渡してありますから。仲居への心付も、奮発しておきましたし」 「そうか、それでいい。で? 芸者は、何人呼んだんだ」 「はい。『熱海中の芸者全員を呼べ』と、言ってあります」 「うん、それでいい。それからな、若い者たちは外に繰り出すだろうから、番頭にその旨言っておけよ。おかしな事に巻き込まれないよう、目を配ってやってくれ。何だったら、五平も行くか? 一緒に」 「いやいや、社長。それじゃ、若い者が可哀相です。今夜は社長と、とことん飲み明かしますよ」 大広間に集まった社員の前で、えびす顔の武蔵が声を上げた。 「みんな、ご苦労だった。良く頑張ってくれた。特に入院中の頑張りは、加藤専務から報告があった。苦しい中、良く残ってくれた。良く耐えてくれた。そのお陰で、会社は残れた。本来なら、もっとお前たちに還元してやりたいんだが、この景気がいつまでも続くわけがない。以前の俺なら、どーんと弾むところだが、入院中に色々考えた。やはり、会社自体に少しは利益を残しておかないとな。もう二度と、あんな思いはたくさんだ」  武蔵の顔が苦渋に満ちたものに変わった。社員たちもまた、下を向いたり上を向いたりと、それぞれに思いを馳せた。 「いや、すまんすまん。楽しい席での言葉じゃなかったな。勘弁してくれ」  軽く頭を下げながら、“これからは少し辛く当たるからな。こう言っておけば、待遇が悪くなったと騒ぐ者も出ないだろう”との思いを隠す武蔵だった。 「実のところ今回の慰安旅行の発案は、加藤専務だ。正直、俺は渋ったんだがな。しかし今は、みんなの笑顔を見ていると、大正解だったな。とに角今夜は、思いっきり飲んで食べて、そして騒げ。但し男どもは、程々にしておけよ。どうせ、外に繰り出すだろうからな。番頭に言ってあるから、楽しんで来い。女性陣は、たらふく食べろ。新鮮な魚介類を、たっぷりと用意させてあるからな。以上だ。みんな、ホントにご苦労さんだった」
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