(十二)

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 思いもかけぬ武蔵の言葉に、五平は我が耳を疑った。慰安旅行の発案は武蔵であるのに、五平の進言だと、はっきり告げられたのだ。然も、渋る武蔵を説得したかの如き言葉に、社員全員の視線が五平に集まった。武蔵に促されて、五平が立ち上がった折には、大広間が揺れるほどの拍手が沸きあがった。 「社長は、私の手柄の如くに言って下さったが、そんなことはない。みんなの頑張りがあったから、こそだ。社長は、利益を一人占めするような人じゃない。頑張れば頑張っただけのことは、きっとしてくださる。これからも一丸となって、社長に付いて行こうじゃないか。と言うころで、乾杯しょう。かんぱーい!」  二十人近い芸者たちは、武蔵の意向もあり社員の輪の中に、全て入っていた。飲めや歌えのドンちゃん騒ぎの中、五平は武蔵の前に陣取った。 「社長! 死ぬまで、ご奉公しますぜ。今夜ほど、嬉しいことはないです。こんなどうしょうもない男に対し、あれ程気を使って頂けるとは。惚れました、いや、惚れ直しました」  感涙に(むせ)びながら、五平は武蔵に深々と頭を下げた。 「五平。止めろ、もう。頭を上げろ!」 「いや、頭を上げられません。涙が、止まらんのです。こんな、みっともない顔、社長に見せるわけにはいかんのです」 「それじゃ、酒が飲めんだろうが。どうだ、この床の間にとっくりを並べてみんか。徳利で、埋め尽くそうじゃないか」 「そうですな、飲み明かしますか。どちらが先に飲みつぶれるか、一つ、勝負しますか」
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