(十二)

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 だだっ広い広間に、二人だけが残った。 「感無量です、社長」 「おい、五平。今だけは、タケさんでいこうや」  盃じゃ面倒だと、コップ酒に切り替えた。 「五平よ。俺は、どのくらいの寿命をもらってるのかな。子供を持たせて貰えるだろうか」  大きくため息を吐きながら、思いもかけぬ言葉が洩れた。 「何を気弱になってるんです? ガキなんてのは、知らぬ内に出来てるもんですよ。欲しいからって出来るもんじゃありません。その前に嫁さんですって。でなきゃ、授かるものも授かれませんって。しっかりしてくださいな、社じゃなかった、タケさん」 「そうだな、そういうことだな」 「どうしたんです?また急に」 「うん、ちょっとな」  武蔵の変化に気づいてはいた。弱気とまでは言わぬまでも、猪突猛進さが失われたとは感じていた。疲れを知らぬ邁進ぶりが、なりを潜め始めたと感じていた。病み上がりのせいか、とも思える。いや、そう思いたい五平だった。 「しかしタケさん。あの親分、やってくれましたな。タケさんの仇討ちとばかりに、あの三国人に……」 「おいおい、滅多なことは言うなよ。犯人不明ということになってるんだ」 「そうでした、そうでした」 「しかしまさか、あそこの娘が嫁いでいたとはな。まったく肝を冷やしたぜ」 「あいつら、問答無用ですからねえ」 「俺の後継者は、五平、お前だぜ」  突然のことに、危うく酒を吹き出しそうになった。 「何を言い出すんですか。坊ちゃんを作ってください、今その話をしたばかりじゃないですか」 「いや。運良く息子を授かったとしても、こんな商売はやらせられん。堅気の会社に勤めさせる」  波々と注がれた酒を一気に飲み干し、また大きくため息を吐いた。 「タケさん! 怒りますよ、まったく。どうかしてる、今夜のタケさんは。堅気の会社にすればいいじゃないですか! タケさんが頑張って、坊ちゃんに安心して継がせられる会社にすればいいんだ。タケさん、あんた今何歳です? やっと三十を越えた若造ですぜ」  声を荒げてしまう五平に対して、武蔵は 「そうだな、そういうことだな。弱気はいかんな」と、(かぶり)を振った。 「まず、嫁さんですよ」 「分かった、分かった」
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