(十三)

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 結局、夜逃げしてしまった。そして残金については、武蔵の手から従業員達に配られた。 「社長に聞きました、“富士商会さんから貰え”って。街金に渡されたら、俺達に回ってこない。助けてください」  と、涙ながらに訴えてきた。しかし武蔵は、すんなりとは話に乗らなかった。 「内もね、苦しいんだ。思ったように、捌けないんだ。倉庫を見てくれよ、商品の山なんだ。事務所の廊下にまで、溢れかえっているだろう。といって、手ぶらで帰ってもらう訳にもいかんし……。どうだろう? 君らの給料の三掛けで、手を打ってくれないか? 本来なら、社長に支払うべきものなんだ。街金に談じ込まれたら、返答に窮してしまう。その代わりと言っちゃなんだが、ほとぼりが冷めた頃にだ、富士商会に入らないか? 君らなら、諸手を上げて歓迎するが」  武蔵は、“残金、確かに受領致しました”という一札と引き換えに個々の従業員に手渡した。その後、何人かが職を求めてやって来たが、武蔵の入院という事態でうやむやに終わってしまった。その場限りの方便だった武蔵にしてみれば、社長を裏切るような従業員を雇うつもりは、まるでなかった。武蔵のそんな意を知る五平だった。応対に出た五平に一喝されて、彼らはすごすごと引き上げて行った。
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