(十三)

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「よく躾が行き届いていますな、これが老舗旅館ですか」 「いえいえ。古いだけの旅館でございます。さっ、白湯を召し上がってください」 「そうだ、女将。徳利を進呈しなくちゃいかんですな、なにか暴言を吐いた記憶があるんだが」 「お宜しいですのよ、社長さま。当方の手落ちでございますから。中々補充がままなりませんものですから、不足してしまいました。とんだ、不調法でございました」  酒の追加を命じた折に、空の徳利を下げたいという女将の言を、床の間に並べ尽くすからと拒否した武蔵だった。女将の泣き言を聞いてみたいと言う、いたずら心からのことだったが、女将はあっさりと引き下がった。 「どうしました? 実際のところは」 「はい。番頭さんに言いつけて、他所の旅館よりお借りいたしました。お恥ずかしいことで、ございます」  女将は、涼しい顔でさらりと答えた。 「ほお、そうですか。無茶な要求だと思ったんですがね」 「ほんとうに。ほほほ…」  今度は、声を上げて笑う女将だった。 「気に入った! 女傑だねえ、女将は。よし! 徳利を進呈しよう。戻り次第、手配させるよ。いいんだ、そうさせて欲しいんだ。なあに、日用雑貨品は、お手の物さ」 「ありがとうございます。では、甘えさせていただきますわ」  深々と頭を下げて武蔵の申し出を受ける女将の襟足から、そこはかとなく漂う女の色香が感じられた。老舗旅館を背負い立つ女の、凛々しさも漂っていた。。 「女将。ちょっと、聞きにくいことですが、答えていただけませんか?」 「あらあら、何でございましょう。怖いですわね、ほほほ…」  卑屈になることなく、正面から武蔵の視線を受け止めた。 「僕のこと、どう思いました? いや、どう思っています?」 「と、いいますと?」 「いやその……。例の徳利の件では、悪印象を持たれたんじゃないか…と」 「あらあら、お気の弱いことを。そうでございますすね、失礼を顧みませず申し上げますれば、いけ好かない殿方、でございました」  きっぱりと言い切った女将の目は、涼やかにそして穏やかであった。
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