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徳利を提供しようという者に、いやそもそも、客に対する返答ではない。それでも本音をさらけ出した女将に対し、武蔵は好感以上のものを感じた。
「でも、今のわたくしには、素敵な殿方でございます。女将としての修行をさせて頂いた、大事なお客さまでございます」
「女将。おためごかしな言い方は、やめようや。厭な客だと思われても仕方がないさ」
「いえいえ、御手洗さま。本音でございます。確かに昨夜は厭なお客さまでございました。でも、今朝の御手洗さまをお見かけしてわたくしの考えが間違っていたと、気付かさせて頂きました」
「どういうことです?」
「会社経営をなされていますお客さまが、いかに大変なご苦労をなされているか、いかに大きなご心痛をお持ちになっていらっしゃるか、思いが至りませんでした」
「それを、今朝の僕に見た、と?」
「はい、海を眺めていらっしゃる御手洗さまに。大変失礼なことを申し上げまして…」
深々と頭を下げる、女将だった。
「女将と、一戦交えたいものですなあ」
突然、武蔵が言った。一線という意味を理解してくれるかどうか、武蔵の意地の悪い試験のだった。
「あらあら、こんなおばさんでよろしいんですの?」と、受け流す女将に、
「その色香は、そんじょそこらの女どもでは出ません。口はばったいですが、僕も年の割には遊んだと自負しています」と、なおも食い下がる武蔵だった。
「まぁ、まぁ、まぁ、どうしましょう。都会の殿方はお口が、お上手ですから…。でも、おからかいもほどほどに。でないと、大やけどなさるかも……」と、妖艶に。
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