(七)

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「仕方ないねえ、こればっかりは」  乗り合わせていた老紳士が、小夜子に声をかけた。 「心配することなんか、ちっともありませんよ。この中は、ビックリ箱ですからねえ。見て回ってごらんなさい、二時間なんてあっという間ですよ」と、連れの老婦人も優しい笑顔で声をかけた。 「そうですよね。全館見て回ったら、あっという間ですよね。」  嬉しそうに、正三が答えた。しかし小夜子の表情は、固いままだった。 「このまま、五階まで行きます、か?」 「勿論です。他の階は、ショーの後にでも回ればいいでしょ。良い席が取れなくなるとイヤですから」 「なる程、それもそうね。良い席はすぐに埋まりますからね」  老婦人が、小夜子の横顔を見て頷いた。品の良さを感じさせる老夫婦二対して、小夜子はまるで敬意を払わない。正三は高齢にも関わらず背筋が伸びた様に、威厳を感じていた。 「三階でございます、紳士服専門の階でございます。山下さま、ご利用ありがとうございます」  深々とお辞儀をして、老夫妻を送り出した。乗客は小夜子たち二人になった。 「あゝ、肩凝っちゃった。今のお二人、大のお得意さまなの。すごく気を遣うのよ。あら、ごめんなさい。こんなこと言っちゃいけないんだわ」  思いもかけぬ気さくな話し振りに、小夜子もつい本音を洩らした。 「そうですか、それで威張ってたんだ。真ん中にデンって、陣取っちゃって。近寄りがたかったですね、ほんと。他の人も、変に気を遣ってるように見えたし」 「ふふふ。で、どうする? 五階で、いいかしら? 二時間って、結構長いわよ」 「いいんです、五階で。何だか疲れちゃって」 「そう、人いきれしたのかもね…」
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