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息をゼェゼェと切らしながら、アナスターシアが途切れ途切れに話す。 哀しげなその表情に、痛々しい苦悶の表情に、 「もういい、もういい」と、小夜子が抱きついた。「おーけー、おーけー、よ」。
涙ながらの小夜子の言葉に、アナスターシアから憑き物が、ハラリと落ちた。へなへなと座り込んだ。
「………」
小夜子の耳元で、何やら囁く。前田を見上げるが、「ロシア語みたいね、わかんないわ」と、肩をすぼめる。ひとしきり泣いたアナスターシアは、小夜子をじっと見つめた。吸い込まれそうな青い瞳に見つめられ、気恥ずかしさを感じ思わず目をそらした小夜子を、アナスターシアがしっかりと抱きしめて、ゆっくりと囁いた。
「ダスビダーニア!」
翌日、大勢の見送りの中、晴れ晴れとした表情のアナスターシアが居た。大きく手を振る、その一挙手一投足に歓声が上がった。アナスターシアも、感謝の意を込めて、四方へ投げキスを繰り返した。
「あぁあ、終わった……。疲れるのよね、女性は。我がままだしね、ほんとに。通訳してるだけなのに、当人じゃなくてあたしが怒られるの。笑いながら、怒るのよ。といって、通訳するわけにもいかないしさ。黙ってるのもおかしいしね。困っちゃう。でも、今回は楽だったわ。あなたのお陰ね、ありがとう」
「とんでもないです。あたしこそ、ありがとうございました。前田さんに引き止められてなかったら、こんな経験二度とできないと思います」
「えっと、正三さんだったかしら? 彼、離しちゃだめよ。あんな良い人、そうそう居ないわ。まあ、あなたにべた惚れみたいだから大丈夫だとは思うけどね。彼だったら、あなたの意のままじゃない? もしもよ、アナスターシアとほんとに家族になるにしても、彼だったらOKじゃない?」
「ええ、まあ……」
ぽっと頬を赤らめる小夜子。今回のことで、正三に対する見方が一変した。正三の優柔不断さに頼りなさを感じていた小夜子だが、それが正三の優しさだと感じられた。
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