(十)

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 茂作の怒りようは尋常ではなかった。正三の予想の範囲を遥かに越えていた。 「何のために付き添ったんだ、お前は。小夜子の身になにかあったら、どうするつもりだ!  責任をとれるのか!」  バンバンと畳を叩き、正三を威嚇した。真っ赤になった顔はさながら赤鬼のごとくで、今にも頭から湯気が噴き出そうな観だった。身を竦めながら、正三は必死に訴えた。 「大丈夫ですよ、何も起こりません。僕の命を懸けても良いです」 「馬鹿者! お前の命なんぞ……小夜子の指一本分の価値もないわ。その何とか百貨店にしてもだ、課長だかなんだか知らんが、本人が来てだ、頭を下げるのが筋だろうが」  なる程と、正三も思った。まだ未成年の婦女子なのだ。親の承諾を得ずしての今回のことには、キチンとした親への説明があってしかるべきだ。  しかしその反面、通り一片の手紙で事足りると考えた坂田に、かく有りなんとも思えた。田舎のいち年寄りの元に、有名百貨店の社員が来るわけがない。片道四時間をかけてなど、望むべくもない。これが世間の道理というものだろうと、正三も思った。 「怒りが収まらないようだったら、これを見せて」  と、小夜子から手紙を預かっている。「大丈夫ですよ、キチンと説明しますから」と大見得を切った事が恥じられる正三だった。そして僕の宝物だ、とばかりにポケットにしまい込んでいた手紙を差し出した。 「茂作さん。小夜子さんから、これを預かってきました」  小夜子、という文字を見た途端、茂作の表情が一変した。 「そうかそうか、小夜子からわしにのう。うんうん、小夜子の文字じゃのう」
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