(十一)

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 正三はと言えば、小夜子からの手紙を心待ちにしていた。毎晩の如くに小夜子の夢を見ては、朝に溜め息を吐く日々を送っていた。 “もう僕のことは、忘れたのか?”  悶々とした日々を送る正三だが、小夜子の住所を知らぬ為手紙を出すことも出来ない。出す当てのない手紙が、机の中に溜まっている。茂作に一度尋ねてみたが、「お前がそそのかしたのか!」と、一喝されてしまった。  まさか正三の両親が、小夜子からの手紙を隠し持っているとは露知らぬ正三だった。友人達に話しても、「そりゃ、東京に好い男ができたのさ!」「振られたな、諦めな!」と、にべもない。“もうすぐ、上京できるんだ!” そう思うことにより己を慰めてはみるものの、連絡を取る術がない。  愈々上京!という前日になっても、小夜子との連絡が取れなかった。既に小夜子が上京してから、二ヶ月近くが経ってしまった。兄の落ち込みように接する幸恵は、意を決して告げた。 「正三兄さん、今まで黙っててごめんなさい。実はね、小夜子さんからお手紙が何通か届いているの。お父さんとお母さんがね、隠し持ってるの。いえ、破り捨ててしまわれてるの。でもね、住所、私覚えてるわ」「そうか! 小夜子さん、手紙をくれてたのか。だけど、返事を出していないんじゃ、怒ってるだろうな。もう、今更、逢ってくれないかもな……」  顔を輝かせつつも、暗澹たる気持ちになった。 「大丈夫よ! 正三兄さん。キチンと訳を話せば、分かってくださるわよ」  そんな幸恵の言葉にも、正三の心は晴れなかった。両親が反対していると聞いた小夜子の反応が、正三は恐かった。 “障害が多ければ多いほど、燃え上がるさ” “両親を説得できないなんて、最低!”  相反する思いが、正三の頭を駆け巡った。 「とに角、向こうに着いたらすぐに手紙を書くよ」  直接出かけようとは思わぬ、そんな気の弱さが幸恵には焦れったい。それが正三の限界だと分かってはいるのだが、“お兄さんと、小夜子さん。だめかも”と、そんな思いが、幸恵に過ぎった。
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