(十二)

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 昭和24年にドッジ経済顧問が来日したことにより、富士商会は不況の荒波に揉まれることになった。ハイパーインフレの収束を目指した経済政策は、日本を未曾有のデフレへと導いた。前年にGHQから発令された『経済九原則』を、日本政府に対して強硬にドッジは断行させた。  緊縮予算実施の為に大量の解雇が始まり、街には失業者が溢れた。復員兵を大量に雇い入れていた国鉄も、九万五千人という大量人員整理を命じられた。当然の如くに、民間企業も次々と人員整理に追い込まれた。  既に社員数五十余名に膨れ上がっていた富士商会も、半数の社員が余剰気味に陥った。 「社長! 背に腹は変えられません。首切りを断行しましょう」  詰め寄る五平に対し、武蔵は頑として受け付けなかった。 「俺たちの取り分をゼロにしてでも、首切りはやらん! 一年の辛抱じゃないか! 朝鮮半島のきな臭さを考えれば、早晩戦争は起きる。そうなれば、特需だ。大企業ならいざ知らず、富士商会如きに優秀な社員が集まる筈もない」 「しかし社長、持ちますか? それまで」 「なあに、心配するな。いざとなれば、裸になれば良いんだ。今まで良い思いをしてきたんだ、泥水を啜ってでも持たせるさ。幸い、あの三人も給金は当分不要だと、言ってきた」 「えっ!? あの三人が、ですか……」  五平は自己保身に走ろうとした己の狭量さを恥じ、絶句した。  それからの武蔵は、まるで鬼人の如くに動いた。徹底的に、同業他社を叩き潰しにかかった。売価の徹底値下げを図った。他社と正式契約を取り交わしている相手に対し、半ば恐喝まがいの行為で破棄させた。他社の提示価格よりも一割、二割と値下げ提示して回り、「なあに、早晩自滅するさ。いつまでもあんな商取引が続くわけがない。」と、陰口を叩かれた。  武蔵の、赤字覚悟の攻勢だった。『まず、売価有り!』の戦法を取った。納入後に、仕入先との値段交渉に入ったのである。有無を言わさぬ価格決定に対し、轟々たる非難が起こったが、武蔵はどこ吹く風とばかりに受け流した。
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