(十二)

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 掛けではなく、徹底した現金仕入れを取り入れもした。直接、製造工場に乗り込んで、テーブルの上に札束を積み上げた。明日の利益よりも今の現金に目が眩んだ工場主は、武蔵の軍門に下っていった。夜逃げ寸前の町工場に乗り込んで、調達したことも多々ある。大手のメーカーでは、工場長の犯罪さえ誘発した。その折には、富士商会の名前は出さず架空の会社名で買い漁った。  小さい物は爪切りから、大きい物は機械旋盤まで、ありとあらゆる物を買い漁った。食品にも、手を出した。生鮮食品以外の、ありとあらゆる物を買い込んだ。倉庫は勿論のこと、事務室内果ては廊下にまでうず高く積み上げた。武蔵の自宅は勿論、下っ端の社員宅まで運び込んだ。  年が開け、春の訪れが聞こえ始めた頃、さすがの武蔵も“これまでか!”と、観念した。社員への給料も遅配に始まり、とうとうこの月には欠配となる。既に、武蔵は勿論のこと五平の自宅も、銀行への担保に取られている。倉庫に眠る機械類も、担保に入れた。 「社長! 街金に駆け込みましょう。もう少しです、もう少しの辛抱ですから」  五平が、武蔵に迫った。しかし武蔵は、首を縦に振らない。 「いや、ダメだ! 一度でも街金を利用すると、銀行が逃げる。これからは、銀行との付き合いが第一なんだ」 「しかし……」
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