(十二)

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「まあ、待て。最後の手段だ、銀行を脅してくる。この手だけは、使いたくなかったんだが」 「そ、そんな、銀行を脅すなんて。気は確かですか、社長」 「支店長だよ、支店長。使い込みをやってる奴が、いるんだ。梅子からの情報だから、間違いはない筈だ。なあに、失敗したところで、お前がいる。俺が警察の世話になったら、後はお前が取り仕切れ。物を、叩き売ってもいい。何としても、持ち応えろ」  悲壮な覚悟を告げる武蔵に、五平は思い留まるよう懇願したが、無駄だった。  雨の降る中、武蔵は車へと向かった。確証があるわけではない、キャバレーの女給から聞いただけの話である。知らぬ存ぜぬで、押し切られる可能性もある。恐喝罪に問われる危険性が高い。それでも武蔵は、何としても銀行から引き出すつもりだった。 「車まで、送ります。」と言う五平を制して、少し離れた駐車場に向かった。と、その時、ビルの陰に潜んでいた男が、武蔵に向かって突進してきた。手にキラリと光る刃物があった。  体をかわす間もなく、武蔵のわき腹に突き刺さった。見も知らぬ男だった。 「天誅!」と叫ぶや否や、男はそのまま雨の中を走り去った。崩れ落ちる武蔵だったが、雨が幸いした。手の握りが弱かったらしく、深手にはなからなかった。それでも過労のせいもあり、一ヶ月ほどの入院となってしまった。  その日、五平の決断で、社員全員に給料の欠配を告げた。 「三ヶ月間、辛抱してくれ。必ず、神風が吹く」  三人の説得も功を奏し、結局47人の社員が残った。 “まるで、忠臣蔵だな。こうなると、社長の入院が良かったのかもしれんな”  一人、五平が呟いた。
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