にがい、にがい。

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 料理をするのが好きだ。それは、お菓子作りに関しても同じである。  私は鼻唄を歌いながら、デザートのケーキを盛り付けた。夫はもうすぐ帰ってくる。LINEで連絡が来てからほとんどきっかり三十分。職場が近いのはいいことだ。 「!」  ガチャリ、と鍵が開く音。私はエプロンで手を拭いつつ、彼を出迎えた。 「ただいまー」 「お帰りなさい、辰夫さん。お疲れさま、今日は早く帰れて良かったわね。最近遅い日が続いたから」 「ん、ああ。そうだな、仕事が溜まってて参るよ」  彼のスーツの上着を受け取りつつ、いつもと同じように会話をする。さて、彼はどの段階で気がつくだろうか。なんといっても、今日の料理は特別製だ。 「んん?何の匂いだ?甘い匂いと美味しそうな匂いといろいろ……」  くんくんと匂いを嗅ぎつつテーブルに近付いていく辰夫。テーブルの上にはステーキとサラダが盛り付けてある。スープはまだ鍋の中だ。――と、ここで私はうっかりしていたことに気がついた。ステーキももう一度温め直さなければ。夫を待たせたくなくて少し早く作りすぎてしまったのである。やはり、料理は基本、温かい方が美味しい。  四月になったとはいえ、今日は少し寒かった。今年の春は寒い日が多い。彼も体が温まるような料理が食べたいはずである。 「ごめんなさい、今スープとステーキ温め直すわね。あ、そうだ。お腹すいてるでしょ?順番変わっちゃうけど、デザート先に食べる?お手製のケーキがあるんだけど」 「お、いいな!美代子のケーキ久しぶりだ、嬉しいよ。今日何かの記念日とかだっけ?」 「そういうわけじゃないんだけど。大事な大事な旦那様にサービスしたくなる日が、私にもあるのよ」 「なんだそりゃ」  ははは、と笑う夫は、食事の順番に拘らない人だと知っている。デザートは食事の後じゃなければ嫌だ、という人の方が多いのだろうが彼は違う。お腹がすいているなら、待っている間に先にデザートを食べるのも全然あり、な人だ。実際、辰夫が食事を待っている間、先に蜜柑を向いていたりゼリーに手をつけているなんてことは昔から珍しくないのである。  私が差し出したのは、今日作ったばかりの新作チョコレートケーキだ。赤みがかったソースがたっぷりと染み込んだ、我ながら自信作のケーキである。真っ白な雪を散らした上面には、小さなイチゴがちょこんと鎮座していた。
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