28人が本棚に入れています
本棚に追加
料理をするのが好きだ。それは、お菓子作りに関しても同じである。
私は鼻唄を歌いながら、デザートのケーキを盛り付けた。夫はもうすぐ帰ってくる。LINEで連絡が来てからほとんどきっかり三十分。職場が近いのはいいことだ。
「!」
ガチャリ、と鍵が開く音。私はエプロンで手を拭いつつ、彼を出迎えた。
「ただいまー」
「お帰りなさい、辰夫さん。お疲れさま、今日は早く帰れて良かったわね。最近遅い日が続いたから」
「ん、ああ。そうだな、仕事が溜まってて参るよ」
彼のスーツの上着を受け取りつつ、いつもと同じように会話をする。さて、彼はどの段階で気がつくだろうか。なんといっても、今日の料理は特別製だ。
「んん?何の匂いだ?甘い匂いと美味しそうな匂いといろいろ……」
くんくんと匂いを嗅ぎつつテーブルに近付いていく辰夫。テーブルの上にはステーキとサラダが盛り付けてある。スープはまだ鍋の中だ。――と、ここで私はうっかりしていたことに気がついた。ステーキももう一度温め直さなければ。夫を待たせたくなくて少し早く作りすぎてしまったのである。やはり、料理は基本、温かい方が美味しい。
四月になったとはいえ、今日は少し寒かった。今年の春は寒い日が多い。彼も体が温まるような料理が食べたいはずである。
「ごめんなさい、今スープとステーキ温め直すわね。あ、そうだ。お腹すいてるでしょ?順番変わっちゃうけど、デザート先に食べる?お手製のケーキがあるんだけど」
「お、いいな!美代子のケーキ久しぶりだ、嬉しいよ。今日何かの記念日とかだっけ?」
「そういうわけじゃないんだけど。大事な大事な旦那様にサービスしたくなる日が、私にもあるのよ」
「なんだそりゃ」
ははは、と笑う夫は、食事の順番に拘らない人だと知っている。デザートは食事の後じゃなければ嫌だ、という人の方が多いのだろうが彼は違う。お腹がすいているなら、待っている間に先にデザートを食べるのも全然あり、な人だ。実際、辰夫が食事を待っている間、先に蜜柑を向いていたりゼリーに手をつけているなんてことは昔から珍しくないのである。
私が差し出したのは、今日作ったばかりの新作チョコレートケーキだ。赤みがかったソースがたっぷりと染み込んだ、我ながら自信作のケーキである。真っ白な雪を散らした上面には、小さなイチゴがちょこんと鎮座していた。
最初のコメントを投稿しよう!