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「可愛いなあ、さすが美代子、センスある!」
「ビターだから少し苦めの味だけど、あなた苦いのも好きでしょ?あ、こらちゃんと手洗いうがいしてから席についてよね。もう四十過ぎの大人が子供みたいなんだからー」
「う、ごめんごめん」
少し恥ずかしそうに頭を掻いて、手洗いを済ませて来た彼。結婚当初からその子供っぽいところが全然変わっていない。もう結婚して十年も経つのに、不思議な感じだ。――そんな天真爛漫で無邪気なところに惹かれたのよね、とちょっと懐かしく思う私である。
いい年齢になったが、それでも彼は実年齢よりずっも若い見た目だ。いつも明るく、誰に対しても分け隔てなく親切に接する。きっと職場でも人気があるのだろう。若い女の子にだって、嫌われることはないはずである――忌々しいことに。
「いっただっきまーす!んー…」
夫はわたわたと席につくと、しっかり手を合わせてからフォークを握り、ケーキを口に運んだ。少しだけ不思議そうな顔をして、また一口。まあ予想できた反応だ。見た目は粉砂糖たっぷりの甘そうなベリー系のチョコレートケーキなのに、実際食べてみるとそこまで甘さを感じないはずである。
それもそのはず。今日はがっつりビター仕上げなのである。そう。
「ほんとだ、あんまり甘くないんだな。粉砂糖かかってるし、これチョコレートとストロベリーを練り込んだチョコケーキだろ?思ったほどイチゴっぽい味がしない……けど、なんていうか後を引く不思議な苦さだな。あ、ケーキの中にナッツも入れてるのか。コリコリする」
「嫌いじゃないでしょう、そういう味も」
「まあな。初めて食べるけど、美味しいよ」
「ふふ、なら良かった。苦労した甲斐があったわ」
私はにこっこり微笑んで、言う。
「貴方にはこれくらい苦い味がぴったりだと思ったのよ。……現実って、そう甘いものじゃないでしょう?」
ん?と。また一口運びながら辰夫は顔を上げる。この様子。――やはり、本当に気がついていなかったらしい。
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