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15 自室にて
23:00。今日初めて聞く鐘の音がうっすらと鳴り響いた。ゴーンと響くそれは門限を知らせる音だ。
俺は一息をつく。自分の個室内ではさすがに首輪を外してもいい事になっているし、例のシグナルもここでは発信されない仕組みになっているという。窓からは雲海と空が見えるだけであり、誰かに見られる心配は基本的にない。
この部屋は浮遊島の断崖絶壁に埋め込まれる形で存在しており、崖をよじ登ったりしない限りは室内を覗く事は出来ないからだ。さっきは俺たちがその壁をカレンに抱えられながら通過したわけだが、幸いにもその辺りに『生徒の部屋』は無かったようだ。
寮の入り口は浮遊島の地上にあるのに、部屋はそのずっと下の断崖にあるというのは不思議な感じだ。ともあれ今日はようやく一息をつける。自分の部屋はまだ整理整頓や荷解きが完了していないが、今日はもう止めておこう。
俺はまだ使った事のないシャワールームを確認した。必要最低限なものだけが揃った小型のシャワー室だ。お風呂に入りたければ、大浴場を利用しようという事だろう。
そしてこの大きさだと、もし巨人族だったらシャワー室にすら入れないだろうと思う。きっと巨人族には専用の部屋が与えられているのだと思う。そうじゃなかったら大変だ。
そんな事を思いつつ俺はシャワーを浴びる準備をする。部屋にあるこのベットも綺麗だし、トイレやキッチンには既に必要最低限の道具が用意されている。こんな学園だが、こういう生活必需品のサポートが手厚いのは評価できる。
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シャワーを浴びて寝巻に着替え、一息つく頃には0:00になっていた。
窓は全開にして開けている。俺は椅子に座りながら空を眺めていた。窓のすぐ外に雲海が広がっているというこの景色は壮観であると同時に恐ろしくもあり、慣れるまで時間がかかりそうだ。
俺は家から持ってきた新しい日記帳を開いていた。今日は色々な事がありすぎた。昨日までの自分と、今の自分では、この学園に対する認識は全く別物になっている。頭の中で様々な事がごちゃ混ぜになり、日記帳に何を書くべきか分からない。
ゾルト歴2312年4月1日、今日は濃すぎる1日だった。けど沢山の出来事の中でも、俺にとって一番重要な出来事は何だろう…と考えてみる。
それはやはり、今日出会ったあの2人だ。昼間の騒動や、学園案内、学校に感じた異様さなんかも忘れられない体験だし、今後も考えていくべきテーマだろう。けど俺にとっては、それよりもあの2人との出会いのほうが重要な気がした。
半獣のエリス、ヴァンパイアのカレン。あれほどの人達とまさか初日で知り合えるとは、昨日までの俺は想像さえしていなかった。
俺は窓から見える風景を眺めながら考えた。ハーフエルフというだけで生きづらい世の中に俺は辟易していたし、姿が統一されているこの学園なら、そんな生き辛さから一時的にも開放されると思っていた。みんなが同じ姿なら、何も恐れる事はなくなるのだと。
けど、俺と同じ混血であるはずのエリスは堂々と姿を見せてきた。彼女は俺のように、自分が混血であるせいで仲間外れにされる事を恐れていないのだろう。そして俺と違って、エリスには親友と呼べる人がいると言っていた。同じ混血なのに、エリスと俺はどこが違うのだろうか?
そしてカレンは昼間にあんな目にあっても、俺たちの事は信頼してくれていた。俺だったら人間不信になりそうなものだが、カレンと俺は、どこが違うのだろうか?
彼女たちとの出会いが重要に感じた理由はきっとこれだ。
俺のような混血は、この世界において確かに生き辛いかも知れない。けどエリスのあの積極性を見るとそんな種族差別など物ともしない芯の強さを感じるし、カレンの勇気を見せつけられると弱気な自分が情けなくなってくる。
俺は軽くため息をつきながらも、再び白紙の日記帳を眺める。
ゾルト歴2312年4月1日24時過ぎ。俺の手はようやく動き出す。書く内容はもちろん、今思った事だ。
さっき3人で撮った記念写真の焼き増しは俺の手元に来るのだろうか。今度エリスに聞いてみないと分からないが…次会えるのはいつになるのだろう。1週間後に例のサクラの木で待ち合わせをする約束をしたが、それまでは俺はまた1人になってしまう。だが、それは他の新入生たちもほとんど同じだろう。
そして何より、この一週間はカレンは部屋から出られないのだ。一番辛いのは彼女かも知れない。
一週間後にカレンをサポート出来るように、エリスとも会って話しておきたいのだが…
と、そんな事を思っていると、例の件について思い出してしまう。今日エリスから貰うはずだった“おやつ”はどうしたのだろうか。エリスに盗られたお菓子の量以上のおやつをくれない限りは許せない。その件についても忘れないように日記に記しておく。
気づけば、テーブルの上に置いてある卓上鏡に映る自分の表情は微笑んでいた。友人を思いながらこんな表情をするのはいつぶりだろうか。もしかしたら初めてかも知れない。
窓から吹いてくる穏やかな風が、俺がいるこの部屋を暖かく包み込んでいた。今俺が感じているこの気持ちは、もしかしたらあの2人も感じているのかも知れない。
俺はゆっくりと日記帳を閉じて、初めて使うベットに横になった。
目を閉じながら、俺は今日の出来事を順に振り返っていく。変化魔術で隠されていたはずのカレンやエリスの表情が鮮明に思い浮かんでくる気がした。そして、同じ空間に色んな種族が集まるそのイメージは、この学園の本来の姿のように思えた。
第一章 END
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