風邪引き

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 織り目の観察に気が済んだらしく、彼がにゅっと自分の目を覗き込んできた。 「どきどき、する?」 「うん」 「本当に?」  どうしてそうなるのか分からないらしかった。だから彼の手を持って自分の胸の上にそっと置かせる。  打楽器奏者の基礎練習のように延々と規則正しく早鐘を打っている。 「本当だ」 「だって、そうでしょう?」 「何が?」 「あたしの負け。きっちゃんが大好きだから。どうしても」 「どうしても?」 「そんなに近くに来られると緊張する」 「でも、虫眼鏡とか持ってなくて」 「……でしょうね」  その観察具合だと必要そうだ。  さっき諦めたはずのカーディガンのボタンをまた引っ張られた。 「この下」 「……カーディガンの脱ぎ方くらい分かるでしょう」 「分かんない」 ――何を言っているのかしら。  本気かもしれない物言いに負けて、カーディガンのボタンを1つ外した。 「穴ができた」  彼の手が、生地のボタン穴に触れる。指を入れられた。 「いいえ。できたんじゃなくてあったのよ」 「……あったんだ」 「何を観察しているの?」 「……『おれじゃないもので目に見えるもの』」  確かにそうだろうが。  それ以上は聞けない。そう思ったところで彼が勝手に口を開いた。 「みおちゃんの一番近くにあって、おれとみおちゃんとを隔てるもの」     
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