風邪引き

17/41
前へ
/41ページ
次へ
 今度こそ、ちゃんとインターホンの音に気付いた。 「来た……」  彼はまるで借金の取り立て人が来たように怯えて、膝を抱え込んで震え出した。 「いいよ、あたしが出てくる」  繋いでいた手をそっと解いて、荷物を受け取りにドアを開けた。 「こんにちはー、永井さん……、ですかね」 「ええ、そうです」  配達員は一瞬彼女を怪訝そうに見たが、きっと夫婦とでも思ってくれたのだろう、サインを求めてきた。  彼女はそこに「永井」と書いて荷物を受け取った。 「……永井さんだって」  呟きながらリビングに戻る。 「永井って書いといたわ」 「みおちゃん……」 「はい、荷物」 「ありがとう……」  ぐったり頭を上げて箱を手に納める。しかし腕が重いのか、すぐにだらんとじゅうたんに着地してしまった。 「いやだったか」 「どういうこと? 全然」 「みおちゃん……」  彼はそれから急に泣き出した。  だるそうに傾げた頭。静かに頬を伝って口に入る涙。 「きっちゃん……! どしたの……」  慌てて彼の背中をさする。 「いやだよ……っ、もう嫌だ……!」  何が、とは聞いても今はむせび泣く声が返ってくるばかり。 「ああ……」  見ていてこちらまで胸が詰まってくる。  きっとまた、彼の中から何かがこぼれ落ちて行ってしまうのだろう。
/41ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加