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長い沈黙の後で、彼がやっとのことで口を開いた。辛うじて一角を水面に出す氷のように。
「……長生きするなんてさ。決められたことじゃないよな」
「長生き……。決められて……はいないけど、正直そんなの分かんないんじゃない」
「分かんない、か。まあ、そういうことか」
――思い出したんだけどさ。
テレビから聞こえる笑い声など耳に入っていない。床に沈んで行ってしまいそうな声で彼が話してくれた。
「永井が名字だろう。だけどさ、区切り変えたら『ながいき、たろう(長生き太郎)』になっちゃうんだよ。それで、結構長いこと、『長生き太郎』だとか『たろう』だとか呼ばれていて」
「……なるほど。きっちゃんの大事な『き』がなかったのね」
「今思うと、もうそんな風に呼んで欲しくない気分でいっぱいで。……嫌だよ、おれ長生きしたくないよ……」
「……」
くた、と頭を垂れる彼。
「つかれた」
「きっちゃん……」
「もうつかれた」
「そのあだ名は結構前?」
「小学生くらいまで、かな。――そうだ、高校の時……今度は、幾多郎の部分がさ、読み方によっては『いくたろう』とも読めるだろ。だから、『いく』だとか『いくた』になった」
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