風邪引き

19/41
前へ
/41ページ
次へ
 長い沈黙の後で、彼がやっとのことで口を開いた。辛うじて一角を水面に出す氷のように。 「……長生きするなんてさ。決められたことじゃないよな」 「長生き……。決められて……はいないけど、正直そんなの分かんないんじゃない」 「分かんない、か。まあ、そういうことか」 ――思い出したんだけどさ。  テレビから聞こえる笑い声など耳に入っていない。床に沈んで行ってしまいそうな声で彼が話してくれた。 「永井が名字だろう。だけどさ、区切り変えたら『ながいき、たろう(長生き太郎(・・))』になっちゃうんだよ。それで、結構長いこと、『長生き太郎(・・)』だとか『たろう』だとか呼ばれていて」 「……なるほど。きっちゃんの大事な『き』がなかったのね」 「今思うと、もうそんな風に呼んで欲しくない気分でいっぱいで。……嫌だよ、おれ長生きしたくないよ……」 「……」  くた、と頭を垂れる彼。 「つかれた」 「きっちゃん……」 「もうつかれた」 「そのあだ名は結構前?」 「小学生くらいまで、かな。――そうだ、高校の時……今度は、幾多郎の部分がさ、読み方によっては『いくたろう』とも読めるだろ。だから、『いく』だとか『いくた』になった」     
/41ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加