風邪引き

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 熱に浮かされて変な夢を見た。自分の体がバランスボールのようなものにぎゅうぎゅう圧迫される夢だった。  目が覚めた時、まだ遠い春を待つ時期にもかかわらず汗をかいていた。 「――きっちゃん」  無意識に彼のことを呼んでいた。 「きっちゃん……どこ……?」  寝返りを打つ。氷枕にずぶずぶ頭が沈んで行く。  寝返った先にも彼は見えなかった。  何時だろう。暗いばかりで何も分からない。  リビングにいるのかもしれない。  何とかしてベッドを抜け出して、リビングを覗くと――彼がそこで寝ていた。  ぎょっとして駆け寄る。  テーブルの上に置いたコンビニの袋。何も開けられていない。まさか何も食べずに寝てしまったのだろうか。  彼のことを呼んで肩を揺する。すぐに目を覚ましてくれた。 「みおちゃん。どしたの。具合悪いの……」 「いやだよ――ぅ」 「え……?」  自分でも歯止めが利かなかった。 「いやだよぉ……! はなれちゃいや……っ!」  訳も分からず彼に抱きついた。 「いや……っ!」  彼の胸に顔を押し当てて泣きじゃくった。  頭が痛いしぼんやりするし、体の感覚など消えて行く。残るのは漠漠とした恐怖だけ。 「みおちゃん……まだ熱が高い。ちゃんとベッドで寝ないと……だから……」  また体がふわりと浮く。抱きかかえられて寝室に送還されてしまった。  よいしょ、と自分を寝かせてくれる彼に、ひしっと抱きつく。 「きっちゃん……! はなれちゃいや……っ!」 「……うん。そうだね」  静かな声が返ってくる。次第にすすり泣く声が混じってきた。 「おれもいやだ……」 「どこもいかないで――」 「だいじょぶ」  頬に手が当てられる。  いくぶん体が重くなった。布団の中に、彼が添い寝してくれている。 「だいじょぶだから……おやすみ」  幸か不幸か彼女は熱に負けて、すぐに意識が遠のき始めた。  頬を、頭を撫でてくれる優しい手。  気持ちいい。ずっとこうしていてくれたらいいのに。
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