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泣く度に彼の中から感情のようなものが抜け落ちて行ってしまうように見える。彼が泣くところは数回しか見たことがないが、その数回で確実に彼からは快楽や喜悦の感情が失われた。ついに「楽しいって何」と言って辞書を引いていた。
それまで寝床は別にしていたが、彼女はいたたまれなくなって一緒に寝る許可を得た。「死にたい」と言いつつも、少し落ち着くと「離れたくない」と言って自分を抱きしめてくれる。「みおちゃん、離れたくない」と彼女の名前を呼んで怯えたように睡魔を待っている。
朝、一緒に起きる幸せを、少なくとも彼女は感じている。相手がどんな気持ちで朝を迎えるのかは、聞きたくても聞けない。
目を開けた時から、「どうしておれに朝が来たのだろう」と言いたげな憂い顔をしている。
「あのね、きっちゃん」
おはよう、と言いつつ慰める。彼は幾多郎という名前だから、適当に「きっちゃん」と言い始めたら当初は喜んでくれた。
「朝は来るの。来ないことを選ぶことは誰もできないの」
「……そうして死ねないんだ。生きている」
「だいじょうぶ。朝を迎えることは何も悪くない。……眠れた? あたしうるさくなかった……?」
「ずっと、ぎゅってしてた」
「――なにそれ。変なことしてないよね?」
「ずっとぎゅってしただけ」
「それがよかったのなら、いい」
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