その2

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その2

「やれやれ、つい最近までここは、随分と賑わっていたというのになーー。それが今では、このありさま。なんとも寂しい限りだよ」 不意に、二人の男のうちのひとりが、溜息交じりに呟いた。男は、見事な口髭を貯え、知的な光を瞳に宿している。恐らく年恰好からして、四十路の半ばあたりであろうか。 「それを思えば、隔世の感を禁じ得ませんよね」 もうひとりの男もまた同様に、溜息交じりに呟く。こちらは、まだ若い。きっと二十代そこそこに違いない。面影に、些か幼さの影が見て取れる、ところで、この若者、口髭を貯えた男の、その若き日を彷彿とさせる。二人の男たち、どうやら、親子らしい。 「それにしても、映し鏡のようじゃないですか、父さん」 「映し鏡?」 父さんと呼ばれた男が、首をかしげる。 「ええ、だって、この秋の空に紋白蝶ですよ。季節外れも甚だしい。まさにあの紋白蝶こそ、今の混沌とした世界の映し鏡のようじゃないか、ぼくはそう思うんですよね」 「なるほど、そういうことか。たしかに、自然の営みまでタガが外れてしまったようだな。ところで、ジュリオ、映し鏡とは、お前もなかなか上等を言うようになったじゃないか」 この二人、やっぱり、親子であった。無論、ジュリオと呼ばれた若い男の方が、せがれである。口髭を貯えた男、つまり父親の名を、フランコといった。 そのフランコが、目を細めている。一方で、せがれのジュリオも、相好を崩している。それは、少しは成長したな、まんざらでもないな、そんなふうにお互いが心情を表白し合っている、そのように見えた。
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