その1

2/2
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
ある昼下がり、ーーそれは夏の陽射しの名残りがようやく見られなくなった九月の下旬。ここは、世界の中心にある大聖堂前の広場である。 この広場のあちらこちらに、石造りのベンチが設えられている。ただ、今では、そのどれもが酷薄な風雨にさらされ、そこかしらに棄損が見受けられる。今、そのひとつに、二人の男が、背中をまるめるようにして腰を下ろしている。 広場には、この二人の他に人の影はまばらだ。世界の中心にある大聖堂前の広場である以上、彼ら以外にも、口角泡を飛ばし権力者の咎を糾弾する市民とか、イーゼルを立てて素描にいそしむ学生とか、犬を連れて散歩する刀自とか、もっと様々な人たちの姿がありそうなものである。その上、殊に用事がないにしても、逍遥するには、おあつらえ向きの日和でもあった。 にもかかわらず、ここにたむろする人の影は三々五々。しかも、その悉くが、青い空から降り注ぐ明るい陽の光を浴びているというのに、むしろ、なにか屈託を心のうちに抱え陰鬱な表情を浮かべている。ただ、一匹の紋白蝶だけが、人の心の事情なぞどこ吹く風、というふうに、長閑やかな風に乗って安穏と漂うばかりであった。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!