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どうして生澤へのいやがらせをやめたのか。その理由を意識したのは、高校生になって野球部の練習で走りこみをする生澤を見た時だった。
小学生の頃には可愛らしい姿だったのが、高校生になれば逞しくなって荒々しい。ふとくなった首。白いユニフォームは汗を吸って体に張り付き、筋肉がうすら浮かびあがって、腕や腿はごつごつと雄々しく育っている。なぜかきらきらと輝いて見えた。
いやがらせをやめたのは、私たちの間にあるものを意識したからだ。男と女。できあがっていく大人の体はそれを映していたから怖くなってしまった。生澤は大きくて力強くて、こんないやがらせでは敵わない日がくる。
それでも私は渇いていた。くちのなかも頭も。体のいたるところから水分が抜け出てしまって、飢えた獣のように目が離せない。
そこにいるのは生澤ではなく男だった。浮かぶのは後悔。あのユニフォームの下はどうなっているのだろう。どうせならば脱げと言ってみればよかった。いやがらせをしていた頃なら脱いでくれたのかもしれない。
男性の体にそこまで興味はない。でも生澤の体だけは見たい。見ておけばよかった。その渇求はいまもやまない。
「マヤ、聞いてるー?」
笹野エレナの声で我に返る。もう肉は消えていた。誰かの胃袋に流しこまれている。
「いいお客さん見つけて日にちも決まったよ。次の焼肉会はマヤのおごり!」
生澤を手放さず沼に落ちていたのなら、私はここにいるのだろうか。
笹野エレナの言葉は糸どころか針金のようなかたさで切り離すことができない。もう逃げることはできない。
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