ファムファタルの沼

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***  笹野エレナが見つけた客に会う前日が、本の返却日だった。男に会う前に、生澤と会うなんて呆れてしまうスケジュールだ。借りる本は悩んでいた。明日を思えば恋愛物は疎ましく、かといってきらきらとした夢と浪漫溢れる話も気が乗らない。  私服に着替えてから図書館に行く。いつもより少し遅い時間となったこともあり、生澤の姿は書棚ではなくテーブルにあった。教科書が開いているから、明日は雨が降るのかもしれない。 「勉強なんて珍しい。テストが近いから?」 「まあな。赤点とったら練習に出られなくなる」  その返答に笑ってしまった。矛盾している。練習したいふりをするくせに今日はサボり。とっくにやめた習い事を理由にして練習を休んでいるのだ。  隣の席に座っても、生澤の意識は教科書とノートに向けられていた。でもページを捲る速度は落ちている。私が隣にいるからだろう。顔には出さないようにしながらも緊張しているのがわかって楽しくなる。もっとからかって遊びたい。  生澤は私のことが好きなのだろうか。嘘をついてまでして練習を休み毎週図書館にくることも、近くにいる時のこわばった頬も、その理由を辿れば私がいるかもしれない。普段ならばきっと触れずにいただろう疑問。明日の予定が私を急かすから、答えが欲しい。 「生澤って、好きなひといるの?」 「いる」  返ってきたのは二文字の、そっけない言葉。挨拶でもするかのように淡々とした顔つきをして、でもペンを握りしめた手はとまっていた。視線は教科書から引きはがされ、ゆっくりと私を見つめている。  私も生澤も、交差する。お互いを眼球の中に閉じこめて。なんてもどかしい時間だろう。これが青春か。くちの中は渇いているのに、悔しいけど甘酸っぱい。
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