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「なんで、それ聞くの?」
ようやく絞り出されたのは生澤のかすれた声だった。
「答えてほしい?」
「お前の返答によっては聞きたいし、聞きたくない」
「じゃあ、教えない」
会話、瞳の色、ふたりの間に漂う生暖かい空気。生澤のあらゆるものが答えだと思った。私の中に隠れている女の何かが、この男に好かれているとざわついている。それは喜ばしいはずなのに、どうしてか気持ちは浮かない。
私は生澤の中に沼を見ている。あの時、糸を切り離してでも逃げたかった沼だ。落ちてしまえば戻れない。いまより飢えてしまうのに。
「ねえ、生澤。知ってる?」
その言葉が口をついて出た時には、沼に飛びこんでいたのだと思う。
「笹野エレナとその周りの子たちが援助交際しているって話。交代でウリをして、得たお金で焼肉をするの。たかが焼肉のために、くだらないよね」
空気が重たくなる。冷ややかな杭を打たれたみたいに、生澤の体がぴたりと凍りついた。ひゅっと飲みこんだ息をおそるおそる吐きだす。主成分は動揺。
「は、なんで、その話を俺に」
「次は私の番だから。処女は高く売れるらしいよ」
明日だというのに他の男に組み敷かれるイメージができていない私よりも、生澤の方が鮮明に映像化をしていたことだろう。その顔はみるみる変わって、赤らんでいた頬は熱を失う。捨てられた猫みたいに、寂しそうで傷ついた、そんな目をしていた。
そう。それが好き。その姿が私を疼かせる。こんな表情を引き出せるなんてうれしくてたまらないのだ。ずぶずぶと沼に沈んで、液体が煮えていく。
「そ、れは」
生澤の声は震えていた。私は何も言わずじっと続きを待つ。
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