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探していた太宰治はここにない。わかっているのに立ち去れないのは生澤のせいだ。
当初の目的を捨てて、選んだのは恋愛小説。マノン・レスコー。海外文学を翻訳したもので読んだことはない。ぱらぱらとページをめくるけれど頭に入るのはタイトルだけ。この男が隣にいるから、集中できない。
「ねえ、なんで私に声をかけるの? いやがらせしたのは私なのに」
本を読むふりをしながら聞く。
私たちの間は本と過去の話で成り立っていて、明るい未来の話は一切ない。まるで栞だ。中学一年生のいやがらせをしていたページにそれが挟まっているから、すぐに過去へ巻き戻ってしまう。
「俺が成長したから。背も伸びて、お前より大きくなったし」
「なにそれ。私が小さいってこと?」
「そうだな。お前が思っている以上に」
生澤の成長スタイルはいわゆる晩成型で、中学一年生の時は私と同じくらいの身長だった。しかしそこは男の子だ。あっという間に身長が伸びていく。比べて私は早熟で、中学校に入ると身長の伸びもゆったりしたものになった。性の違いだけでなく、発達の違いもあった。
結局、私はマノン・レスコーを借りて家に帰った。予定とは違う本だったが、面白い。
マノンを愛した男は狂わされ破滅していく。そこまで男を虜にさせる何かを、マノンは持っていたのだ。好きとか愛なんてシンプルなものじゃない、とてもうつくしい、どろどろとしたもの。
惹きつけて、引きずりこむ。作中に出てくる男たちだけではない、私も引き込まれている。そのマノンが至った沼は何だろう。答えを探るように読み耽った。
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