ファムファタルの沼

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ファムファタルの沼

 高校生は空虚の満ちた沼だ。ブリーチで色素を抜いた髪の毛に染みこんでいく、ミルクティーカラーみたいなつまらないもの。  沼に落ちてしまった女子高生の私にも空虚が染みこんでいる。濃いミルクティー色をまぶたにのせて化粧をし、空虚色の髪をヘアーアイロンで巻く。流行を追いかけろと沼が騒ぐから。カラーコンタクトをつけることもアイブロウで涙袋の影を描くことも誰かが作った流行り。それらを詰め込めば女子高生のできあがりだ。鏡を見れば、個性を殺して周りとおそろいの姿をした私がいる。  遊んでそうと揶揄される姿をして、でも放課後に向かうは図書館。個性は殺すのではなく隠すものだから。  読書が好きだった。本を開けば誰かの人生が綴られていて、他人の心のふちを覗きこみ、時には飛びこんでいる気がした。真実の話でも空想でも構わず、様々な本を読んだ。その趣味はギャルと呼ばれようが継続し、今日は借りた本の返却日だった。期日は一度もやぶったことがない。それを知っているあの男も、図書館にいるのだろう。  あっさりと、いた。書棚から見えた坊主頭。クラスメイトの生澤(いざわ)だ。この曜日だけは習い事があるからと野球部の練習を休んでいるらしいが、本人に聞いたところ習い事はとっくにやめている。きっとサボりたいだけなのだ。私は次に借りる本を取ろうと一番下の棚に手を伸ばす。そこに「文学少女だな」とからかうような言葉をひっさげて坊主頭が寄ってきた。 「文学ギャル?」 ななめうえを見上げながら聞き返した。この男は私より背が高いので、隣に並ぶと坊主頭だけひょっこり飛び出たようになる。 「格好だけな。根っこは昔のままだろ」  小学校から高校まで一緒。その腐れ縁をこれみよがしに語る生澤に腹が立った。表情も変えずに淡々と。今朝食べた鮭の塩味みたいな態度をしているから余計に。
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