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驚いて見上げた翼の瞳いっぱいに目黒の顔面がアップで映る。
途端に全身の血が顔に集まってきた。かあっとして胸が苦しくなった。
「……気をつけろ。お前から目を離せなくする作戦か?」
体勢を立て直し、翼は「そんなつもりはありません。助けて頂きありがとうございました」と応えた。
「そっか、まあいいや。作戦でもそうじゃなくても、どっちにしろ俺はお前から目を離せないんだから」
目を細めた目黒が、翼の頭をポンポンと軽く叩くようになでる。
これ以上は無理だ。
チーム長とは、もう視線を合わせられそうにもない。
合わせたら、本当にどうにかなりそう。
「……じゃ、後で電話します」
翼は目黒からの視線をかわすようにして、支えてくれた目黒の腕から離れた。
本当にどこまでがジョークで、どこまでが本気かわからない人だ。
BARの出入り口へ向かう翼の背中に向けて、目黒が声をかけた。
「ソバカス、ゆっくりでいいからな」
優しく聞こえてきた目黒の言葉に翼は怪訝な顔をしていた。
今のは、フリだろうか?
お笑い芸人が熱湯風呂に入らないといけない場面で後ろの芸人に『押すなよ、押すなよ』ということがある。
だが、本当は押してもらいたい、押せよな?っていうお決まりのフリだ。
それと同じで目黒があまりにもジョークばっかりいうので、「ゆっくりでいいからな」は、本当は「早くしろよ」って意味のフリだろうかと翼は本気で考えてしまっていた。
ざわつき始めた翼の心は、常識やら非常識の垣根を超え、不思議の国へすっかり迷い込んでしまったようだった。
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