1

14/39
前へ
/39ページ
次へ
驚いて見上げた翼の瞳いっぱいに目黒の顔面がアップで映る。 途端に全身の血が顔に集まってきた。かあっとして胸が苦しくなった。 「……気をつけろ。お前から目を離せなくする作戦か?」 体勢を立て直し、翼は「そんなつもりはありません。助けて頂きありがとうございました」と応えた。 「そっか、まあいいや。作戦でもそうじゃなくても、どっちにしろ俺はお前から目を離せないんだから」 目を細めた目黒が、翼の頭をポンポンと軽く叩くようになでる。 これ以上は無理だ。 チーム長とは、もう視線を合わせられそうにもない。 合わせたら、本当にどうにかなりそう。 「……じゃ、後で電話します」 翼は目黒からの視線をかわすようにして、支えてくれた目黒の腕から離れた。 本当にどこまでがジョークで、どこまでが本気かわからない人だ。 BARの出入り口へ向かう翼の背中に向けて、目黒が声をかけた。 「ソバカス、ゆっくりでいいからな」 優しく聞こえてきた目黒の言葉に翼は怪訝な顔をしていた。 今のは、フリだろうか? お笑い芸人が熱湯風呂に入らないといけない場面で後ろの芸人に『押すなよ、押すなよ』ということがある。 だが、本当は押してもらいたい、押せよな?っていうお決まりのフリだ。 それと同じで目黒があまりにもジョークばっかりいうので、「ゆっくりでいいからな」は、本当は「早くしろよ」って意味のフリだろうかと翼は本気で考えてしまっていた。 ざわつき始めた翼の心は、常識やら非常識の垣根を超え、不思議の国へすっかり迷い込んでしまったようだった。
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!

65人が本棚に入れています
本棚に追加