藤﨑隼の憂鬱

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♪チュンチュン♪  朝の仕事が終わり、公園のベンチでうとうとしていたら、いつものスズメ達に起こされた。彼らにとって、僕はもう顔なじみ。恐れもせずに寄ってくる。 「あ、おはよう、今あげるよ」  僕は持っていたエサをばらまいた。パンくずや弁当のおかずでは公園の管理員にすぐばれるので、僕は小鳥用のエサをあげている。それもゴミにならない様、殻の付いていないエサだ。本当はエサやり禁止なんだけどね。  しばらく見ていたら、木の上から一羽のカラスが降りてきた。もちろんスズメはあわてて逃げて行った。そのカラスがこちらを見ながら口をパクパク動かし始めた。でもカラスの鳴き声ではない、何か人の言葉を話しているようだ。 「私の声が聞こえるか」  そのカラスが言った。確かに言った。 「やはりそうか、お前には私の声が聞こえるんだな」  彼?はそう言った。  確かにここ数日、変な気配を感じていた。怖い?いや怖くはない。でもなんか変な気配だ。 「私はお前の守護霊だ。お前は私の気配を感じているようなので、確かめさせてもらった」  そのカラスが言った。 「守護霊?カラスがか?僕の守護霊はカラスなのか?」 「確かに、今はカラスの体を借りているからな。でも本来はカラスではない。ちょっと待て、ええと、あいつにするか」  モヤーとしたものがカラスから離れ、今度は猫に入ったようだ。その猫がこちらに寄ってきた。 「お前に見やすくするために、動物の体を借りている。他の動物、犬や雀にも憑依することができる」  猫がしゃべった。驚いたがこの現象は本当らしい。信じざるを得ない。 「本当に守護霊なのか?悪霊ではないのか?」  僕はなぜかすんなりとこの物?者?の存在を受け入れてしまった。でも、守護霊なのかどうかはまだ半信半疑だ。 「疑り深いやつだ。それでは話してやろう。お前が小学生の頃、崩れかけた木の橋の上を自転車で渡ろうとして、転んだことがあっただろう」  彼?は僕の昔のことを話しだした。  そういえば、そんなことが確かにあった。あの時のことは、すごく怖くて今でも覚えている。通行禁止のおんぼろの橋で、ところどころ腐っていて穴が開いていた。転んだ瞬間、川に落ちると思った。でも穴の前後にうまく自転車が引っ掛かって、落ちずに済んだことがある。叱られると思って、家の人たちには黙っていた。それなのに、なんで彼?は知っているんだ。 「あの時は私も少しあせった。この子は無茶なことをする子だと思ったよ」  彼は続けて、他のこともいくつか話した。  祭りの際、山車に挟まれそうになったが、足を数針縫う程度の怪我で済んだこと。強風の日、塀の上から植木鉢が落ちてきたが、肩をかすっただけですんだことなど。ただの偶然かもしれないが、あれもこれも守護霊のおかげなのかな?と思うようになってきた。 「で、その守護霊様が僕に何の用です?」  僕は崇める口調で彼に尋ねた。 「私のおかげもあるが、お前は強運の持ち主だ。それなのにいつまでもくすぶったままだ。何とかならんのか」  守護霊に言われ、僕は少しムッとした。 「あなたが凄い守護霊なのはわかりました。感謝します。でもそれならもう少し裕福な生活をさせてくれてもいいのでは。いつまでたっても貧乏なままだ」  僕はうらむような口調で彼に言った。 「お前には私の他に、とても強い神様が憑いている。貧乏神様だ」  貧乏神だって?なんだそれ、絶対にやばい奴だ。 「貧乏神様は強い神様だ。お前に寄ってくる悪霊、死神、悪魔、みんな貧乏神様が守ってくれている。ただ残念なことに、金運も離れていってしまう。でもお前が貧乏なのは、行き当たりばったりな生活をしてきたからだと私は思うけどな」  確かにそうかもしれない。一瞬貧乏神をうらもうとしたが、危ない危ない、やめておこう。ばちが当りそうだ。 「そろそろ時間だぞ。遅れるとまずいのではないか?」  守護霊が僕に言った。そうだ、そろそろ昼間の仕事に行く時間だ。 ♪バチン♪  公園から出ると、一瞬体に電気が走ったような気がした。そして、その後のことは覚えていない。記憶が飛んでしまったのか、気絶してしまったのか、気がついたら夜になっていて、自分の部屋でくつろいでいた。  あの公園での出来事は、もしかしたら夢だったのかもしれない。でも本当にあった事なら、あの後の仕事の事で苦情がきているかもしれない。そんなことを考えながらスマホを見た。良かった、仕事上の苦情はきていない。普通に昼間の仕事をしていたようだ。でもどんな感じで仕事をしていたんだろう。少し気にはなるが。  とりあえず、次の日は公園に行くのをやめた。  数日経ち、だんだんと心身共に重苦しくなってきた。これはお祓いをした方がいいのかもしれない。でもその前にもう一回公園に行ってみるか。  次の日、思い切ってまた公園を訪ねた。 「お、久しぶりに公園に来たな」  先日の、あの守護霊がまた話しかけてきた。今日は小さなスズメに憑依したようだ。僕の肩に乗って、話しかけてきた。 「守護霊様はこの公園に住んでいるのですか?」  僕は守護霊に聞いてみた。 「え、お前は変なことを聞くな。私はお前の守護霊だ。いつも(しゅん)、お前のそばにいる」  そうか、守護霊だからいつも僕のそばにいるんだ。でもいつもは声なんて聞こえないぞ。 「多分この公園に不思議な力があるのだろう。隣りに神社もあるからな」  守護霊が言った。確かにこの公園には神社がある。いや、神社の敷地内に公園があるのか?とにかく、そのおかげでこの公園に来ると、守護霊と話ができるのかもしれない。 「この場所だけとはいえ、私のことを見ることができるのだから、お前にも少しは霊感があるのだろう。そうだ、そこの神社で御朱印を頂いて、いつも持ち歩くようにしなさい。そうすれば、他の場所でも私や他の霊たちのことも見ることができるかもしれないぞ」 「いえいえ、あまり見たくはありません」  僕は本心を言った。貧乏神や悪霊なんて見たくはない。 「あれ、変なのがお前に憑いてるぞ」  守護霊が、また何か言いだした。 「え、変なの?何ですか、いったい」  驚いた僕は、守護霊に聞いた。 「生き霊だよ。まったくお前はろくな事をしてこなかったんだな、仕事においても恋愛においてもだ。恨みを持っているようだ。数体いるぞ」  守護霊が怒りながら呆れている。そう、僕は自分の目的のためには手段を選ばずに生きてきた。相手が女性でも弱者でも、使えるものは使ってきた。詐欺紛いのこともしてきた。でも長くは続かなかった。ちょっとした失敗で、仕事が傾きだすと、仲間も女性も離れていった。自業自得だ。  今では、ただ生きるために、アルバイトを掛け持ちしている。もちろん生活は火の車だ。それでも生き霊たちは憑いているらしい。 「もうお金もないのに、なんで生き霊たちは憑いているんだろう」  僕は守護霊に聞いた。 「お前のことを恨みすぎて、悪霊になってしまったからだ。他にもまだお前のことを探している生き霊もいるようだ。しばらくは大変だぞ」 「ふーん、困ったもんだ」  僕はもう開き直ってしまった。 「お前には動物霊も憑いているな。まったくひどいやつだ」  そう、僕は幼い頃、セミやカブトムなどを捕まえておもちゃ代わりにして遊んでいた。子猫やインコなども同様に、投げたり一緒に寝てつぶしたりしていた。今までに多数の命を奪ってきている。多分僕が死んだら、地獄に行くことになるだろう。その覚悟だけはできている。 「それなのに何で僕は生きているんだ?」  守護霊に聞いてみた。 「私がいるからだ。この私がお前を守っているからだ。でもいいかげんにしてくれ、守り切れなくなるぞ」 「すみません」  僕は謝るしかない。  それから数週間経ったある日、僕は神社に行った。そこには藁でできた、大きなドーナツのような輪があった。 「何だ、これは」  初めて見た、異様な物だった。でもそばにあった立札を読んでみると、これは『茅の輪くぐり』といい、左回り・右回りを繰り返すことで、これまでの災いをリセットしてくれるらしい。 「お前もくぐってこい。お前のためにあるような物だ」  守護霊に言われ、僕は早速くぐってみた。これで少しは僕の心身も清まるのだろうか。  茅の輪くぐりをしてから数日後、僕を見て守護霊が言った。 「憑いていた霊が、だいぶ減ってきたぞ。今のお前に憑いていても、得はないとわかったのだろう」  ご利益があったのだろうか。でも少し申し訳ない気持ちもあった。僕に憑いていた生き霊や動物霊達、今の僕を見ても、がっかりして恨みも果たせなかっただろうに。それとも落ちぶれた僕を見て、満足して離れていったのかな。 「でも新たに低級の妖怪がそばにいるぞ」 「え、妖怪?霊じゃなくて妖怪?」  僕は驚いて守護霊に聞いた。 「お前はいつの間にか、霊や妖怪、いわゆる魑魅魍魎を呼びやすい体になってしまったようだ。でもそれほど力があるわけではなさそうだから、心配ないだろう」  守護霊はさらりと言った。 「え、それは困る。僕の所に来ても、何の得にもならないのに」  僕はそう呟いた。すると、急に目の前に犬を連れた女性?そう、多分女性が現れた。 「あなたには私たちが見えるのですね?」  その女性が言った。 「これは珍しい。妖怪と動物霊の組み合わせだ」  守護霊も驚いている。 「え、妖怪と動物霊?ということはこの女性は妖怪?」  僕も驚いたが、だんだんと霊界?スピリチュアル?の世界に慣れてきた。  その妖怪の話を聞いていみると、一年ほど前、この犬が飼い主の本当の人間の女性と一緒に、橋の上を散歩をしていた時、暴走してきた自動車にはねられてしまった。はねた車はそのまま逃走してしまったが、犬はに川まで飛ばされてしまい、そのまま亡くなったらしい。でも飼い主だった女性がどうなったか分からず、霊になって彼女を探していたらしい。それを不憫に思った川に住んでいた妖怪が、一緒に探してくれているというわけだ。その妖怪は、犬から飼い主の女性の容姿を聞いて、飼い主に似た、長髪の女性の姿になっているらしい。  でも妖怪と犬の動物霊、普通の人間には見えない。それにこの妖怪も、川を離れては、それほど遠くまでは出かけられないらしい。そんな時、僕を見つけた。 「誰にも気づいてもらえなかったので、あきらめかけていました。このままではこの犬は成仏できずに、地縛霊になってしまう。どうか飼い主の女性がどうなったか、調べてくれませんか」  妖怪と犬が僕に頼んできた。僕としては断る理由はない。今までの罪滅ぼしも含めて、喜んで協力することにした。  探すとなると、とりあえず相手の名前を知らなければならない。犬とこの妖怪が知っているのだろうか。 「名前はわかります。この犬から聞いています。山神里美(ヤマガミサトミ)という名前です。この犬の名前は関白(カンパク)です」  妖怪が教えてくれた。川に住む妖怪、この妖怪は河童なのかな。 「あなたは河童ですか?」  思い切って、僕は彼女?に聞いてみた。 「そうです、河童の仲間です。でも私は数時間しか川から離れることができません。だから近場しか探すことができないのです」 「わかりました。必ず見つけます。見つけたら報告するので、待っていて下さい」  つい安請け合いをしてしまったが、大丈夫だろうか?ちょっと心配だけど、必ず見つけるつもりだ。  僕はまず警察に行って、山神里美さんの情報を得ようとした。でも、すぐに守護霊に止められた。 「まだ犯人が捕まってないのに、警察でいろいろ聞いたら、お前が怪しまれるぞ」  確かにそうだ、危ない危ない。それではどうやって探そうか。 「そうだ、スマホを活用しよう。電柱に迷い犬のチラシを貼るより、その方がきっと早い」  僕は迷い犬を探しているサイトを探し、犬の名前と特徴で、関白を探してみた。すると、すぐに探している人が見つかった。  その情報によると、一年ほど前、ここより十キロほど離れた場所で、交通事故にあったと書かれていた。その時、一緒に散歩していた犬と離れてしまい、ずっと探しているそうだ。 「この犬でしょうか?」  僕は関白をスマホで写し、そのサイトに投稿してみた。  しばらくして、投稿した写真を見て愕然とした。そこには関白が写っていなかった。投稿した時はしっかりと写っていたのに、公園を離れて家で見たら、関白の背景の花壇の花しか写っていなかった。関白がいたと思われる場所には、白い霧みたいなものが写っているだけだった。 「そうか、関白は霊だから見えないんだ。僕が関白を見えたのは、あの公園にいたからだ。どうしよう、似顔絵を描いて、それをスマホで撮るしかないのかな。でも僕は絵が下手だからな」  困っていると、スマホに通知が届いた。 「何だか不思議な写真ですが、ここに写っている犬は、私が飼っていた犬に似ています。犬の名前は関白といいます。あなたは関白のことを知っているのですか?」  間違いない、この人だ。それに関白のことが見える?もしかしたら、この人は霊感があるのかな。 「きっとこの犬は、あなたの犬です。縁あって、僕はこの犬と知り合いになりました。でも僕は、ある場所でしかこの犬のことを見ることができません。もしよかったら、その場所に来てもらえませんか。一人では嫌でしょうから、友達やご家族と一緒に」  しばらくすると、彼女から返信が届いた。 「わかりました。友人と伺います」  僕の怪しげな情報で、きっと彼女も悩んだことだろう。でも次の日、こちらに来てくれることになった。  僕は河童さんにその事を話し、関白に伝えてもらった。関白はしっぽを振って喜んでいた。  でも僕としては複雑な思いもある。山神さんが関白のことを見たら、たぶんその関白は霊魂だということがわかってしまう。それとも実はもうわかっているのだろうか?  次の日、山神さんは友達と二人で、公園まで来てくれた。 「こんにちは、藤﨑隼と申します。僕の隣に関白がいるのですが、わかりますか?見えますか?」  どうやって伝えればいいのかわからず、乱暴な方法かもしれないが、僕は直球勝負することにした。見えて欲しい・・・。 「関白!よかった、会えた、会えた・・・。ごめんね、ごめんね」  彼女は泣きながら関白を抱きしめていた。そして関白のことをよく知っている友人と一緒に、話したり遊んだりしていた。この友人も強い霊感を持っているのだろう。  しばらくすると、関白の旅立ちの時がやってきたようだ。彼女がもう一度関白を抱きしめると、関白の姿がだんだんと薄くなっていった。 「クゥーン」  関白が鳴いたようだか、その声が「ありがとう」と僕には感じ取れた。僕の守護霊によると、関白は虹の橋へ旅立ったそうだ。 「ありがとうございました。亡くなっているとは思っていましたが、最期にきちんとお別れをすることができました」  落ち着きを取り戻した彼女が、僕のそばに来て言った。少しだけ彼女の顔が穏やかに見えた。 「実は、関白から聞いた情報があるのですが」  急に河童さんがみんなに話し始めた。 「事故にあった時、関白が自動車のナンバーを覚えていたらしく、私に教えてくれました」  その一言で、みんながざわつき始めた。みんなといっても、生身の人間は三人だけだけど。  関白は数字を見ることはできても、その読み方は知らない。でも脳裏に焼き付いたイメージを、河童さんに伝えていたらしい。河童さんは、長生きしているおかげで、人間の文字や数字がわかるらしい。 「事故にあった時、私も二つの数字が見えました。でもあやふやだし、犯人じゃない人に迷惑がかかると思い、警察には話しませんでした。でも関白が見た数字と末尾が一致しています。きっとこのナンバーです」  山神さんはそのナンバーを警察に伝えた。  一ヶ月ほどして、逃げていた犯人が捕まった。事故を起こしたのは分かったけど、怖くなって逃げたらしい。捕まりそうになかったので、自首もしなかったということだ。 「やっと関白の供養ができました。いろいろとありがとうございました」  山神さんから連絡がきた。でも、僕はたいして役に立っていない。関白と山神さん、それと河童さんの共同作業だ。あとは僕の守護霊が橋渡しをしてくれたようなものだ。お礼を言われても、何だか申し訳ない。 「隼よ、よくやった。お前も役に立てたぞ」  守護霊も褒めてくれたが、すぐにまた変なことを言い出した。 「ところで、また何かが憑いているようだ」 「え、また妖怪や霊ですか?」  僕は驚いて守護霊に聞いた。 「そうだ。何体か順番待ちになっているぞ。今回の件で、お前の評判が上がったようだ。みんな、お願いがあるらしいぞ。また人助けならぬ、魑魅魍魎助けをするか?」  守護霊がさらりと言った。僕は思わず叫んでしまった。 「やめてくれー、僕は鬼太郎の妖怪ポストじゃないぞ」     
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